13話 まっすぐな告白

──あれから1週間。



朝の電車で結城先輩に守られてから、胸の鼓動はずっと落ち着かなかった。


思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。


背中を支えられた瞬間の体温。


「じっとしてろよ」と低く響いた声。


荷物をひょいと持ち上げて、前を歩いていく横顔。



(……どうしよう)



顔を合わせるのが恥ずかしくて、気まずくて……。


気づけば、目を逸らしてばかり。


声をかけられる前に距離を取ったり、視線が合いそうになると慌てて別のところを見てしまったり。


部活でも、まともに視線を合わせられない日々が続いていた。


なのに、意識すればするほど、逆に存在感は増していく。



⸻ 昼休み。



莉子とお弁当を食べていた教室のドアが、突然ざわついた。



「結城先輩……!」



前の方の席から、誰かの小さな声。


そちらを見ると、結城先輩が立っていた。


空気が、一瞬で変わる。



「長谷川いる?」



自然な口調で、バスケ部の後輩に尋ねる。


一気に教室がざわめき、視線が集中する。


名前を呼ばれたわけじゃないのに、「長谷川」が自分なのはわかっていて、心臓を握られたみたいに苦しくなりながら、私は席を立った。


横で莉子が「行っておいで」と小さく背中を押してくれる。



──廊下。



結城先輩は、私を見つけてふっと表情を緩める。



「今度の練習試合の準備、頼める? 大変なら平野と一緒でもいいし」


「は、はい! ……大丈夫です!」



緊張で声が上ずった。



「そっか、助かる」



短く言って、ほんの一瞬だけ、優しい目をした。


その視線に胸が高鳴る。



「……あ、それと」



ポケットから紙パックのフルーツオレを差し出す。



「これ好き? 俺、甘いの苦手なんだよ。自販機でボタン押し間違えた」



そんな言い訳みたいな言葉と一緒に、軽く笑って渡される。


両手で受け取ると、指先が触れそうになって、胸の鼓動が跳ねた。



「え……あ、ありがとうございます……」



か細い声でそう言うのが精一杯だった。


去っていく背中を見送る間も、教室はざわついたまま。



「見た?」


「フルーツオレ!」


「いや絶対あれ……」



誰かが小さくつぶやいた。



「……あれ、絶対わざとだよな」



わざわざ用件を作って、会いに来た。


そのことは、私にも、周囲にも伝わっていた。


だから余計に――胸の鼓動が止まらなかった。





──放課後。



昇降口を出ると、大和くんが待っていた。



「翠ちゃん! 一緒に帰ろ」



いつもより少し強い声音と、まっすぐな目。


私は少し戸惑いながらも、頷いた。



「うん……」



靴箱のあたりでひそひそ声が聞こえたけれど、聞こえないふりをして外に出る。



──夕暮れの道。



校門を抜けると、空はオレンジ色に染まり始めていた。


並んで歩くアスファルトに、二人分の影が長く伸びる。



「なあ、翠ちゃん」


「なに?」



呼ばれて振り向くと、大和くんは足を止めていた。



「俺、本気だから」



立ち止まった大和くんの声は、まっすぐで揺るがなかった。


赤く染まる夕日の中で、彼の影が長く伸びている。


その真剣さに射抜かれて、私は息をのんだ。



「今すぐ答えろとは言わない。でも覚えてて。俺は絶対、翠を振り向かせる」


「や、やめてよ……そういうの……」



照れ隠しのように言いながらも、心臓は乱れていた。


からかいじゃないことはわかる。


笑って受け流そうとしたけれど、大和くんの瞳が真っ直ぐすぎて、言葉が詰まる。



「冗談じゃねーから」



そう言い切る声は、いつもより低く、胸に重く響いた。





──その帰り道。



告白めいた言葉を聞いたあとでも、隣を歩く大和くんは、わざと何でもない話を続けてくれた。


テストのこと、練習試合のこと、くだらない動画の話。


気まずくさせまいとする優しさが伝わってきて、余計に胸が苦しくなる。


私の心は、上の空だった。


頭の中に残るのは、夕焼けに照らされた彼の真剣な瞳。


そして、それに重なるように浮かんでくるのは――結城先輩の横顔。


フルーツオレを差し出した時の、あの少しだけ照れたみたいな笑み。



(……どうしたらいいの)



足は前に進むのに、心は置いてきぼりのまま。


大和くんの「本気」と、結城先輩への「特別」が、胸の中でぶつかり合う。


揺れる気持ちを抱えながら、私は夕暮れの帰り道を、一歩ずつ踏みしめて歩いていった。



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