生真面目
昨日は飲みすぎた。脳内を這いずる微量のアルコールが全身をノックする。法律通り20歳を超えてから飲みを覚えたもので自身のキャパシティすらわからない。あたりはまだどろどろとした真っ黒だ。スマホを取ろうと伸ばした右手にあたる無骨な感触。周囲すらを凍てつかせる重厚感。暗闇よりも黒いそれは一目で何か分かった。
拳銃だ。
何をおもったのかわからないが試しに掌に撃ちこんだ。鈍い銃声。痺れる火薬の匂いと一気に焦げるような熱さを纏い銃口から飛び出したのはチョキ。至って普通の二本指のチョキ。なんだただのおもしろグッズじゃないか。銃刀法違反がどうとか少しは気にした数瞬前の自分を嘲笑する。ただおもちゃと呼ぶにはあまりにもリアリティに溢れている。脅かしてやろう。小さな頃からそういう類には触れず、生真面目に生きてきた俺ですらアルコールで気が肥大化しているのかもしれなかった。
翌朝。弟を部屋に呼び込み、如何にもな顰めっ面を浮かべながら、こめかみに例のブツを近づける。気づくや否や大慌ての弟目掛けて引き金を引いた。出てきたのは高速で飛び回る大量の昆虫。弟は大の蟲嫌いであった。図体がでかい反面そんなところに弱点があるのが面白い。拳銃のことなど意に介さず弟は卒倒した。現実から逃げるかのように白目を剥く弟とその近くをニュルニュル動く昆虫に背を向け、変わらず黒光した拳銃に目をやる。
それからというものこの拳銃の規則性に興味が湧いてきた。あらゆる人間に試してみる。子どもにバン!っとすると幽霊が、サラリーマンに発砲すると残業が、どら息子目掛けると雷オヤジが出てきたし、漫画家に撃つと締め切りを急かす編集者が出てきたりした。気になるあの子に撃った時まさかの自分が出没したのは驚いた。そして悲しくもここで1つの仮定に至る。この拳銃は対象者の1番恐れているものが銃弾として射出されるのではないか。何人にも試してきたからこそ分かる。
そして徐におれは自分のこめかみに銃口を向ける。何が出るだろう。ヤクザかそれとも核兵器とかか。ここで卒倒しても誰も助けてくれない。謎の緊張感で汗が滴る。震える手のリズムに身をまかせ引き金を引く。
ばぁぁぁん!!!
頭蓋骨を一瞬で貫通し、濁った血を噴き出し、遠のく意識。
実弾が出るのは反則だろ。確かに俺はずっとズルが嫌いだったけど。
短編集 @MizushiroTsukasa
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