くぐれどくぐれど夜
高校受験を間近に控えたわたしは塾帰りいそいで1番線の電車に飛びのる。
今日は塾がしまるぎりぎりまで自習をし、公園のベンチでもテキストを読みこんでいたから、家に着くのは門限ぎりぎりかもしれない。
「1番線の列車は回送電車です。扉が閉まります。ご注意下さい。」
え、え、え。そんなアナウンスとともにドアが閉まる。誰もいない真っ暗な電車はどんどん進む。もちろん私が降りるはずの駅にも止まってくれない。通っていた小学校も、友達と転げ回ったあの公園も黒インクをこぼしたような液体に染まる夜に溶けていく。どこにも止まらない列車の疾走感と閉塞感が自分の心臓とマッチする。動悸が止まらない。小走りで、それでいて列車のスピードで膝を揺らしながらも車掌がいる運転席まで辿り着く。
運転席には誰もいない。
回送列車に人は乗ってはいけない。
中学生でも分かるんだから車掌もいるわけない。
もう仕方がないからこの列車がたどり着くところまで見てみよう。地獄でも霊界でも侵入禁止の土地でも構わない。回送列車に乗っては行けなかったんだから。でもちっちゃい頃から思ってたこともある。
回送列車って過去に向かうタイムマシンみたいだよねって。自分が元いた場所まで一直線で戻って行く感じ。人間にはできない。てか中学生の私が元いた場所ってどこだろう。どこが私の始発だったんだろう。
月すらも高くあがり、大人でも届かなくなりそうな距離に達した頃、列車は何事もなくまったく知らない始発駅で停車し、そこで降りる。たぶん人間界だからありがたい。ぜんぜん日付はかわっているし、過去なんかでもない。でも受験戦争で煮詰まった脳みそにもそんな空想ができたこと、そんな幼いころの思考回路に戻れたこの感じは忘れないだろう。
門限も余裕ですぎ、始発を待ち侘びる銀の列車に反射した私は、知らない子どもの笑顔に似ていた。
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