第二話「……す、好きな男性のタイプは?」
数学Ⅰと国語の授業を終えての昼休み。
バスケ部の方城護を含む全員が速河久作の机に集合し、周囲の机と椅子を寄せ、その上に弁当だったり飲み物だったりを広げる。
久作はしかし食に殆ど無関心なので、惣菜パンを炭酸飲料で流し込んでいた。
「速河は相変わらずのジャンクだな」
方城護がやや呆れた調子で言う。そう言えば今日、方城との初の会話だ。
バスケ部期待のエース、方城護の昼食は、なかなかの色どりの弁当で、肉、野菜、ご飯が綺麗に並んでいた。
と、アヤがフォークをゆるゆると近付け、素早く唐揚げを突き刺した。
「唐揚げゲット! 方城護はディフェンスがザルだなー」
そんな二人のやり取りを、炭酸飲料片手に眺めていた久作は、昼食で人となりが現れるのではないか、という仮説を立ててみていた。
例えばリカ。
かなりコンパクトな弁当箱には量こそ少ないが彩り豊かなおかずが並んでいる。確か以前に自分で作っていると聞いた覚えがあるので、これぞ才色兼備、といったところ。
対する須賀はと言うと、かなり大振りな入れ物にご飯を目いっぱい詰め込んで、おかずは最低限、7対3くらいの比率だった。
方城は前述した通りで、アヤはと言うとリカよりももっと小さな弁当箱が二つで、片方にはご飯、もう片方にはおかずで、総量はリカより多いくらい。おかずの彩りもリカに負けないくらいだが、こちらは母親の愛情だかが詰まっている風だった。
そして最後に、あえて最後に回したのだが、レイコ。
女子にしては大振りな、しかし男子よりは小さい、くらいの弁当箱に、揚げ物や炒め物が綺麗に並んでいる。ご飯との比率は5対5といったところだろうか。
おかずの品目よりも、それをとてもとても美味しそうに食べている姿は、それだけで満腹になりそうだった。
「速河……見過ぎだ」
方城に言われて我に返る。周囲を見ると、レイコを除く皆がうんうんと頷いていた。いや、そんなつもりではなく、と思い、思ってどうすると自分で突っ込み、声にする。
「いや、そういうつもりじゃあなくてさ……ひ、人が食事をする様子て、何だか見てるだけで満腹にならない、かな?」
必死だったので適格な単語が浮かばず、久作はかなり狼狽していた。が、助け船が出た。須賀だった。
「速河の言わんとするところは俺も賛同だな。実際に満腹になるのかはともかく、脳神経に何かしらの信号が送られて、満腹中枢を刺激しているのかもしれん。面白そうな話題だから今晩はこれについて調べてみるかな」
浪々と語る須賀の弁当箱からだし巻き卵が一つ、消えた。またもやのアヤだった。
「油断大敵なのだー!」
「油断? まさか! それはアヤくんへの俺からのささやかな
須賀の弁当は須賀のお姉さんが作っている、以前にそう聞いた。
人物像までは知らないが、県警本部の鑑識課に配属されているらしい、とも聞いている。先ほどのだし巻き卵も、もしかするとピンセットか何かでつまんで作っているのかもしれない、とはただの妄想。
それらをさて置き、レイコ。
食事に夢中で会話に全く入ってこない、よほど空腹だったのか、弁当の味が極上なのかは不明だが。
しかし食べるのが遅いので、久作を含めた五人が食事を終えた今も、ごはんを必死にかきこんでいた。そういうところも、かわ……チャーミングだ、とはこの面子では絶対に口に出せない。冷やかされるか罵倒を浴びせられるか、その両方かなのは想像に容易い。
そんなこんなで割とドタバタだった昼食を終えての休憩時間。
久作を包囲する机らはそのままで、面子もそのまま、雑談となる、いつものことだが。
たしか最初はアヤが切り出した格闘ゲーム『ミラージュファイト4』の話だった筈が、対戦相手との「相性が」というところで話が分岐して、こうなった。
「レイコと久作くん、仲良くやってるの?」
リカが何気ない風に、それでいて鋭く言い放つ。そこには「私と須賀くんは良好よ」というニュアンスが見え隠れしていた。
「……え?」
久作の返答は一文字、そして返答になっていなかった。
肝心のレイコは、アヤと一緒に教室の一番後ろで創作ダンスだかに夢中で、久作の眼前にはとても真面目な顔をしたリカと、普段通り何事かを試案している風な須賀、そして完全リラックスモードの方城がいる。
「仲良く……は、やってる、つもりだけど」
「つもり?」
そう返したのは意外にも方城だった。バスケが生き甲斐でそれ以外に必要なものなどこの世にはない風な方城からのまさかな科白に、久作は正直、驚いた。
「バスケ部の練習漬けの俺が言えた義理じゃあないけどよ、俺だって時間作ってアヤと遊んだりはしてるぜ? そんな俺から見たらさ、速河、お前とレイコは何というか、じれったいんだよなあ」
言葉尻にため息を混じらせて方城は言った。
「しかしだ――」
継いだのは須賀だった。
「――速河はそういった方面に酷く疎いというのも、この面子は承知しているからな。外野があれこれ言う話でもなかろう。方城の言うじれったさは確かにあるが、人との、異性との付き合い方なぞは文字通り人それぞれだろう」
「でもね」
矢継ぎ早でリカが須賀に続く。
「相手がレイコとなるとお話は全然違うのよ? 今朝も言ったけど、レイコて男子に凄くモテるから、今はいいとしても、もう一か月もすれば有象無象が押し寄せてくるのは目に見えてるの。そしてレイコはね、ああ見えて押しに弱いから、気付いたら誰かとくっついてた、なんてことが有り得るのよ? だから……」
だから? の部分でリカの科白が終わったので、残りは自分で考える。
有象無象から猛アタックをかけられ、遂にはその誰かと付き合うようになって、久作は過去の人となる、といったところだろうか。それは困る、そう思ったので口に出してみる。
「それは困るよ、リカさん」
「ねぇ、そういう科白はレイコに向けたら?」
そう返された久作は教室後方でアヤと踊っているレイコを見る。踊りはタンゴにも見えそうな創作ダンスだった。
「ちなみにさ、方城や須賀はどうなんだい? つまり進展があったとかそういう感じ」
すると、さっきまでややお姉さん風に
「俺とリカくんは清く健全な高校生同士、それなりだ。二人で食事をしたり、俺は苦手なんだがカラオケに行ったり、小遣いで出来る範囲内でやりくりしているさ」
「アヤがさ、バスケ部のマネージャーになりたいとか言ってた時期があったんだけどよ、あいつ、バスケのルール、全く覚える気がないんだよなあ」
須賀と方城が、二人の進捗を割と丁寧に教えてくれた。言わずもがな、リカは顔を真っ赤にしたままなのだが。
リカからの助言と方城、須賀からのアドバイスを脳に刻み込んだ辺りで休憩終了。午後の授業が開始となった。
世界史と英語Ⅱだったが、どちらも上の空だった。久作は昼食でのアドバイスをどう生かそうか、ずっとそれを考えていた。
特に気になるワードは、リカの言っていた有象無象。
実は、と改めることでもないのだが、レイコこと加島玲子はここ
対して久作はと言うと、見た目は方城や須賀と同等か少し下がるものの、評判は悪くないらしい、と1-Aに所属する広報部の女子、ジャーナリズムに全てを捧げている
奈々岡に関しては後程として、トータルバランスはレイコの隣にいても
いや、と久作は否定し、深い思考を更に潜る。
行きがかりとはいえ既にペアを組んだ仲でそれきっかけで悪くない関係にあるのだから、この際、思い切って三歩ほど踏み進めても良いのではないか、と。方城や須賀がそうしているように。
有象無象がどんなだかは知らないが、誰が来ようが負けないくらいの自信は、主に我流で習得している格闘技からのもの。
アヤが名付け親の「速河流八極拳」は桜桃学園では間違いなく最強だった空手部の三年で主将を倒せたし、教師で元ヘビー級ボクサーも粉砕し、素性は不明ながら中国拳法使いの初老をも一撃で倒した。
……話が物騒な方向に向いている。修正せねば、思わず舌打ちしてしまう。
しかしだ。物騒な話ではないとしたら要するにレイコ奪取は「早いもの勝ち」とイコールではないだろうか、とリカからの助言に疑問が出てしまう。
味自慢で売り切れ御免な手作りパン屋でもあるまいし。
考えがあちこちに四散してまとまらないうちにチャイムが聞こえてきた。
せめてこの時間での結論を、と頭を回し、出てきたのは「レイコに直接聞く」だった。そして、なぜそんな簡単なことに今まで気付かなかったのか、とまた舌打ちする。
分からないところは聞きなさい、とは教師の科白だが、全くだ、久作はため息を一つ、窓の外を眺めた。
快晴、雲は少しだけだが上空は風が強いのか動きが早かった。
放課後、まだホームルームの余韻が残る1-C。
久作は事前に用意していたメモ帳を片手に、もう片方の手でレイコを手招きした。パタパタを走ってくる様子はまるで小型犬のようだが、実際は中等部時代に陸上部で鍛え上げられているので迫力さえある。
「やほー、久作くん、なーに?」
やや息を切らせてレイコが問う。とこれは予想通りなのだが、アヤとリカも寄ってきた。が、方城と須賀の姿はない。珍しいことに。
こほん、と下手くそな演技を入れ、久作はメモ帳とレイコを交互に見てから、始める。
「レイコさん、幾つか質問があるんだけど、いいかな?」
「アイサー!」
即答された。再び、こほんと咳を入れてから続ける。
「では、加島玲子さんに質問です。分からない場合はパスでもいいです。では最初の質問……」
「はい!」
「……す、好きな男性のタイプは?」
「久作くん!」
ぐはっ!!
秒で返されたそれに、久作は椅子から転げ落ちて、後頭部を床にしたたか打ち付けた。受け身を取れなかったので相当な激痛だが、そんな場合でもない。
準備していたメモ帳には残り二十九個も質問があったのだが、例えば好きな食べ物は? などなどが、全部無駄になってしまった。
アヤが「何だ、ノロケかよ」と、退屈そうに言い、リカは、呆れた、といったゼスチャー。
「ち、ちなみにさ、その理由は?」
後頭部の痛みが少し和らいだ辺りで質問の続き。
「たまにぼーてしてるけど優しくてぇー、顔がカッコよくて、バイクも似合ってて、何度も助けてもらっててぇー……強いところ!」
……降参。
嬉しいのキャパシティを完全に超えたレイコの科白に、久作は
総括。
僕こと速河久作は、加島玲子さんに、好かれている……?
「さあ、そろそろ下校の時間よ?」
あれこれと考えて呆けているとリカが、さも当然といった雰囲気で言った。
「おっと、あたしはコンピ研(コンピュータ研究会)にやりかけの仕事あったんだ」
久作はGショックで時間を確認し、三人に向かって「じゃあ今日はこれで解散で」と言いながら、リュックを背負う。
「レイコさん、途中まで送るよ」
レイコは通学にモペットを使っていて、市街地までは同じルートでもある。
レイコへの質問とその解答というか即答に関しては、帰宅してゆっくりと吟味するつもりだ。今、そのことを考えていると事故でも起こしかねないので。
三人で校舎を出て、リカはそのままバス停へと進み、レイコと久作は駐輪場に向かう。
レイコのモペットはランブレッタ48というビンテージで、知り合いのバイクマニアから譲り受けたのだとか、羨ましい限りである。
対する久作のオフロード原付、XL50Sもかなりレトロなのだが、残念ながらプレミアも何もない、ただ古いだけのものだった。
桜桃学園と市街地を繋ぐ、心臓破りの坂をゆっくりと下って市街地に入ったところでレイコに向けて、さようなら、とゼスチャー。レイコからも同じように返ってくる。
普段ならそこから自宅までの岐路はやや飛ばし気味なのだが、まだレイコからの科白の余韻が残っていたので、法定速度の安全運転に終始した。
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