ミラージュファイト・アグレッサー
飛鳥弥生
第一話「二人とも仲良しでいいね」
長いようで短かった夏休みが終わった月曜日の早朝、生徒の大半はげんなりとした表情で山の上にある
何故か、答えは単純。
今日から毎日、友達らと会えるからで……いや、ここは言葉を濁すところではない。
何故か、答えは
高等部にあがってすぐに学園史には残せない大事件があり、続く梅雨時期にも教師が絡んだ事件があり、挙句には夏休み前での警察を巻き込んだ大騒動。
それら全てを通して仲良くなった女子三人組、自称『リカちゃん軍団』の中で、加島玲子はかなり変わった人物であった。
残り二人、
もう一人、
小柄さを誤魔化すかのような金髪ロングヘアを二つに束ねたツインテール姿が殆どなので、実はインテリなのだが、その言動からかアメリカ時代のインテリジェンスは感じられず、どちらかと言うとよくいそうな女子高生、といった印象だった。
残る一人が
見た目はリカともアヤとも違って、美人というより可愛いという形容が合っていそうなショートボブと、中等部時代にシェイプされたボディで、性格は、少し話しただけだと快活・元気と呼べる。が、長く、多く話せば話すほどに彼女の「不思議さ」がじわじわと出てくる。
いわゆる天然系なのかと思うと、いきなり陸上部仕込みの行動力を発揮したりするが、そこも踏まえて久作はレイコを、不思議系、とカテゴライズしていた。
そんな三人の中でどうしてレイコだけが特別なのかと言うと、久作の知的好奇心、簡単に言えば興味の対象だからである。
見た目も性格もいち女性としてはとても魅力的なのだが、そこではなく、時折見せる天然ぷりに久作の好奇心が向ており、その好奇心が夏休み前の事件以降くらいから、好意に変わっていたことに気付いたのは、ほんの三日前のこと。
久作の二人の男友達、
バスケ部所属で一年で「桜桃学園のスコアリングマシーン」などという異名を持つ方城と、その対極の如き本の虫で学年成績一位(おそらく卒業まで)の須賀は小学生時代から腐れ縁だ、とは須賀の科白。
そこに自称どこにでもいる平凡な高校生の速河久作が加わって、合計六人はとても仲良く日々を過ごしていた。
駐輪場に愛車を停めて、久作は青空を眺めつつ校舎へと歩を進める。
と、「おはよー! 久作くん!」とギターアンプで増幅し過ぎて音割れを起こしそうな大声が校舎前に轟く。
振り向くまでもなく、それがレイコのものだと分かる。大きいから、ではなく、彼女の声に特徴があるからだ。
恐る恐る、といった具合で振り向くと、当然ながら視線の先にレイコが駆けてくる姿があった。どうやら今日はバス通学らしい(詳細は後程)。
駐輪場から校舎までは歩いて二分ほどだが、そんな距離で走ってくるレイコに久作は、遅刻かな? と腕時計、Gショックを見る。
ちなみにそのGショックは久作が長らく欲していた宝物の一つである。
「おはよう、レイコさん」
夏休み前くらいには自然と出ていた、と思う挨拶が、今日はなんだかぎこちない。そう悟られないように、と意識していたので余計にである。
遅刻ではない、とGショックで確認し、レイコが近寄ってきた辺りでもう一度「おはよう」と繰り返す久作。対してレイコは「うん、まだ暑いねー」と言いつつ胸元とスカートをバタつかせた。
そういう仕草を前置きもナシでやるので、久作は視線を慌てて空に向ける。
減るものでもない、と言ったのは確か金髪ツインテールのアヤだったと思うが、減るか増えるかはともかく、暑いから上着なんて脱ぐ、などと言われるととても困るので久作は「そうだね」と無難なリアクションをして、教室へ急ごう、と提案する。
ちなみにこのやりとりは、久作とレイコのモーニングルーティンでもある。
二人して教室に入ると、先客が二人いる。リカと方城である。
リカはクラス委員だからで、方城は早朝トレーニングが故。なので方城は机に突っ伏して眠っている。クラスでドタバタしているのはリカだけで、他はめいめいお喋りをしたり方城よろしく寝ていたりだった。
「おはよう、久作くん、レイコ」
ホワイトボードを磨きつつリカが言う。
いつ見ても思うのだが、リカこと橋井利佳子は美人代表みたいなルックスかつ高身長。ヒールでも履けば百七十センチに届きそうである。それでいて性格は、やや潔癖気味ではあるがあたりは柔らかい。
リカが激怒するなんて場面はほぼ(幾つかの事件を除き)見たこともないし、そういう感情をそもそも持ち合わせていないのかもしれない、などと邪推してみたり。
そこで五分ほど雑談をしていると、須賀恭介が教室に入ってきた、文庫本を片手に。
「須賀くん、おはよう」
「おはよう、須賀」
「おはよー! 須賀くん!」
リカ、久作、レイコの順に挨拶すると「ああ」とだけ返ってきた。
須賀恭介。やや痩せ気味ながら身長は百八十センチほどで、鋭い眼光が印象的な、学者然とした顔付き。男友達は少なく、変わりに「須賀恭介ファン倶楽部」なるものが存在するとかしないとか。
口を閉ざしてさえいればクラスや学年を問わずの女子に囲まれて祭り上げられそうな二枚目だが、一度喋り出すとその大半はシニカルに過ぎて逆に何を言っているのか分からない、という具合である。
文字通りで方城護の対極に位置する。
方城はバスケというチームプレイだらか人当たりは良く、筋肉質で、見た目も須賀のような二枚目系でスポーツマンなので、こちらにも「方城護ファン倶楽部」がある、らしい。
教室の隅で寝ている方城から話を戻し、速河久作の紹介を少々。
古風というのか変わっているというのかの名前の彼の評判は二つに分かれている。
軽く、薄く付き合っている連中からは、常に呆けていて何を考えているのか分からないが見た目と成績は良い、といった具合。
『リカちゃん軍団』と方城、須賀からは、たまに呆けているがやる時はやる奴、と印象が少々異なる。
速河久作が呆けているときは、実はある事象を深く熟考している時なのだが、深すぎて現実に戻るのにやや苦労することが稀にある。
「桁外れの集中力」が久作の武器の一つなのだが、日常、有事でない時には弊害でしかない。
と、桜桃ブレザーの袖をぐいぐいと引っ張られ、我に返る久作。見るとレイコとリカが両袖を引っ張っていた。
「久作くん? また考え事?」
リカが半分呆れた表情で言うが、怒っている風でもなかった。もう片方はレイコで、
「戻ってこーい!」
とやや大き目の声。
「ああ、またか。ごめん、少し考え事をしててね」
「ふむ……下手な考え休むに似たり、だな。人の事は言えんが」
須賀からの嫌味というか自戒というかを受け、久作はブレザーの
ホームルームまではまだ時間があったので、クラス委員の仕事を終えたリカと須賀が、久作の席にやってきた。
実はこの二人は「学園公認の」カップル、ということになっているのだ。四月にあった大き目の事件の際に、久作が半ば強引に押し付けた役回りなのだが、夏休みを終えても二人はその姿勢のままを維持していた。つまり、二人とも、まんざらではない、のだろう。
そして未だ睡眠をむさぼっている方城と、まだ姿のないアヤもまた同じく――アヤが登場した。
「おーはーYO! ご
……橘絢、アヤ・アヤちゃんで通ってる金髪ツインテールがレイコにも負けないほどの音量でクラス全体に届くように叫んだ。
そして二秒で久作の机にワープしてきて『ミラージュファイト4』という格闘ゲームの話を、勝手に始めた。
ちなみにそのゲームをプレイしているのは久作だけで、リカも須賀もレイコも方城もゲームはやらない。
「『ミラージュファイト4』でさ! やっとコマンドサンボとサバット登場したね! まあ中国拳法アレックス使いのあたしにゃ関係ないけどさー! 速河久作もさ八極拳のジェーンで持ちキャラ固定っしょ? 今回はDLC(ダウンロードコンテンツ)で衣装チェンジが豊富になるらしいねー!」
アヤのお喋り具合はマシンガントークの更に上、アサルトトーク、そう久作は呼んでいる。そしてアヤはどうしてか男子生徒をフルネームで呼ぶ癖みたいなものがあるのだが、慣れればどうという事もない。
ジャンルを問わずでゲームが好きで得意なアヤは、格闘ゲーム『ミラージュファイト』シリーズでは無敵の腕前で、学園の外にまでその名前は知れ渡っていた。
通学からホームルーム前までのこうしたあれこれもまた、久作らのモーニングルーティーンでもあるが、端からみれば仲良しクラスメイト同士が雑談しているだけ、と映るだろうし、実際のところそうでもある。
それに朝一番からトレーニングをして疲れ果てて眠っている方城が加わる日もあるが、今日はどうやら睡眠が優先のようだった。
久作、須賀、リカ、アヤ、レイコ、そして方城は過去に起きた事件が発端で仲良くなったグループではあるが、クラスメイトだから、というほど安直な関係でもない。
もっと深くて強い絆で結ばれている、そう久作は確信していた。
だからこそ、なのだ。
橋井利佳子、リカと須賀恭介のように、加島玲子、レイコとどうすれば自然と仲良く過ごすことが出来るのか、と熟考する。
まあ、大抵は邪魔が入るのだが。
「――て感じでサバットも使いやすかったんだけど、速河久作はどおだった?」
……ん? 思考が一瞬止まった。どうやらアヤに話かけられていて、それに気付かなかったようだ。「桁外れの集中力」の弊害である。
「ああ、えーと、足技だけってのは使っててイマイチかな? 僕は」
小柄な猫を連想させるアヤ。彼女もリカに負けないくらい、いや、方向性が違う。アヤはレイコと同じく可愛い部類の頂点に位置する。頭は切れるし成績も須賀に並んでトップだが、喋り出すと止まらないアサルトトークは、彼女の欠点でもあるがアヤらしくもある。
一度興味を持ったら深掘りするタイプで、ここは須賀恭介にも共通する。二人ともインテリなので似たもの同士だからか仲は良い。
しかしアヤの相手は実は、方城護だったりするから、世の中分からないものである。こちらも四月の事件の際、久作が勝手にペアを組ませて、その関係が未だに続いているというだけなのだが、ウマが合うというのか、ノリが一緒というのか、気付けば仲良くやっている風だった。
「二人とも仲良しでいいね」
何も考えずに出た言葉に驚いたのは、他でもない久作だった。リカとアヤに向けた(つもりの)言葉だったが、一瞬、間が空いた。
「きゅ、久作くん!?」
「なんだ、速河久作は寂しいのか?」
リカとアヤが言い、須賀が足す。
「速河、それはレイコくんに失礼だろう?」
完全に失念していた。二組のペアに対して、自分もレイコとペアだったことに。
「いや! そういう意味じゃあなくて!」
なんとか取り繕おうと必死になる久作だが、後の祭り。
「そんなことを言ってて、レイコ、他の男子に取られちゃっても知らないんだから」
リカが至極当たり前といった具合に追い打ちをかける。
「速河久作は、レーコがどんだけ男子に人気あるのか、知らないのか? 超が付くくらいだぞ?」
アヤがご丁寧に補足する。
「しかしだ。速河の場合、競う相手がいるほうが自力を出せるのかもしれんな」
須賀が妙なことを口走り、続ける。
「こういうことは当人に聞くのが一番だ。レイコくん?」
「……んにゃ?」
聞く聞かない以前に久作の机に頭を預けて寝ていたレイコが、ようやく目を覚ました。
そこで担任が教室に入って、ホームルーム開始。
久作の心境は、非常に複雑だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます