第2話 支援軍



 いつもの僕なら、もっと用心深くことの成り行きを見守っていただろう。

 しかし、犬の能力を得た僕は気が大きくなっていた。

 襲われても逃げ切ることが余裕でできるのだから。

 木陰から出ると、僕は男たちが居る広場に向かってゆっくり歩いた。

 アスファルトの道路脇にある空き地だった。道路には軍人たちのだろう、緑色のジープが駐められている。


「誰だ、止まれ」

 さっきまで英語で喚いていた軍人が、僕を見留めて日本語で叫んだ。

 少し訛りがある。日本の軍人ではなさそうだった。

 軍人は四人いた。皆、肩から機関銃を下げている。

 その四つの銃口が僕に向けられていた。彼らの汗の匂いも感じられる。


 その匂いは、焦りや恐れよりも彼らの性欲の高まりを感じさせる。

 これは犬の嗅覚が僕にあるからだな。

 耳も、鼻も犬の感覚を受け継いでいるのだ。

 僕をよく見て、一瞬で彼らの緊張が溶けたのがわかった。

 用心するに値しないと思ったのか二つの銃口が下がった。



「おじさんたち、楽しいことしませんか?」

 そう言って僕は彼らの方に背を向けた。前かがみになりローブをめくってお尻を差し出す。

 ぐふっといううめき声が聞こえて、それから先はこれまで通りの展開だ。

 魅了の術にかかった男の一人が、我先に僕のお尻に顔を寄せてくる。

 キスしようとしたその男の頭を、二番目の男が殴りつける。

 そして乱闘が始まった。

 僕はそんな彼らを尻目に捕虜の男の目隠しを外してやった。


「何だ、これは?」

 理由のわからない様子の捕虜の男に、静かにするように言って、彼の縄を解いていく。

 捕虜にされていた彼は、服装では民間人のようだったが、日本人じゃない。白人だった。

 身長は180cmを超え、筋肉質で無駄のない体躯。体重は僕の倍近くありそうだ。

 額には汗と埃が混じり、頬には古い傷跡。

 鋭い目つきは、いくつもの戦場をくぐり抜けた男のものみたいだ。


 彼は身体が自由になると、よろけながらも立ち上がった。

「早く逃げましょう」

 僕が言うと、彼は素早く地面に落ちていたカーキ色のメッセンジャーバッグを拾い上げた。


 獣道を走る。乾いた落ち葉が足元で舞い、枝が顔をかすめる。

 遠くで乱闘している軍人たちの怒鳴り声が響いたが、次第に小さくなっていった。

 危険から十分離れたと判断した僕たちは、一度足を止めた。


 捕虜だった男は息を整えながら、僕を睨み、訊いてきた。

「ところで、君は何者だ? さっきはどうやって奴らを制したんだ?」

 バッグから何かを取り出したと思ったら、次の瞬間、彼の手には鈍色のピストルが握られていた。

 この男も、やはりただの民間人ではなさそうだ。


「助けた人に銃を向けるんですか? あなたの国では?」

 僕がそう言うと、彼は口元に冷たい笑みを浮かべて答えた。

「理由を話せ。敵か味方か、それ次第だ」

 なるほど。シビアな考え方だ。

 

「僕の名前はジュンです。ええと、いわゆる催眠術の達人で、こんなふうに指をひらめかせて相手に混乱の術をかけることができるのです」

 我ながら適当だとは思ったけど、相手の反応を見るために言ってみた。


 すると、彼は頬を緩めて笑った。匂いで、彼の緊張が少し解けたのがわかった。

「バカバカしいな。銃を向けられているのにふざける君は、よほどの腕前なのかな。可愛い顔しているくせにな」

 彼の声には、皮肉と興味が混じっていた。

 けれど、実際僕には余裕があった。

 嗅覚や聴覚で、彼が本気で撃つつもりがないことが何となく分かるのだ。

 体臭と心臓の鼓動、呼吸のリズム。それらがこんなに多くの情報を与えてくれるものだったとは、ソラリムでも感じたことはなかった。


「とにかく町までおりましょうよ。詳しい話はそれからでいいでしょう」

 僕が言うと、カークはしばらく僕の顔を見つめた。

「君はどういうやつなんだ? 可愛い女の子にしか見えないけど、空手のチャンピオンなのか?」

 首をふりながら苦笑い、そして、見た目はどうでも、自分の危機を救ってくれたことに納得したのかひとつ頷いた。

 そして銃を下ろし、頷きながら、俺の名前はカーク・ストライカーだ。

 と、ひと言付け加えた。 


「さっきの軍人は何者なんですか」

 曲がりくねる獣道を降りながら、後ろからついてくるカークに訊いてみた。

「彼奴等はC国の軍人だ。支援部隊として隣町の港から上陸してきてるんだ」

 隣町の港というのは、凛々子の家のある町のことだ。

 では、そこには支援物質が届けられているということなのか。

「それって、いいことですよね」

 一瞬助ける相手を間違えたかと思った。


「どうかな。安易に考えないほうがいいぞ。C国人が親切心だけで軍隊を送ってくるわけ無いだろ」

 カークはどうやらC国に敵対心を持っているみたいだ。

 ということは? と先を促す。


「日本のAI技術、軍事技術そういった先端技術を手に入れようと支援部隊を送った、というのが俺の得た情報から読み取れるのさ。今の日本にはそれに抵抗できる軍隊も警察力もないからな」


「では、あなたは?」

 僕が問うと、

「俺はアメリカ側のものだ。わかってるだろうが、日本の同盟国アメリカの情報員ってこと。君らの味方だ」

 カークの言葉が終わる頃、木々の隙間から街の様子が見えてきた。




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