第二章:11 乱入!駄菓子の極道

ズシィィィン!!!

巨大モップの柄が床を叩くと同時に、ベシャァァッと水が飛び散った。

ただの水じゃない。消毒液と洗剤が混じった、ぬるぬるした液体だ。

足元を伝って、一気に広がっていく。


「うわっ……!」

俺は慌ててバランスを取ろうとするが、靴底が滑って踏ん張れない。

ズルッと尻もちをつき、手にしていた卵がカラン……と床を転がった。


「まずい……拾わないと……!」

必死に手を伸ばす。

だが卵はじわじわと、濡れた布に吸い込まれるように沈んでいった。

卵の殻から漏れる光が、布にじわじわ吸い込まれ消えていく。


【スキル発動失敗:吸収】

【補正値:スコーし低下中……】


「はぁ!? 吸収!? こんなのおかしいだろ!」


「やっ!」

ゆめがトングで掃除兵の足を挟み、引き倒そうとした。

だが床がツルリと滑り、体勢が崩れる。

カシャッと金属音だけを響かせ、攻撃は空を切った。


「足場が悪すぎる……攻撃が逸れる……!」


「光なら……!」

ゆうじが反射板を構え、頭上の照明を跳ね返した。


キラァァァァン!

掃除兵たちが一瞬よろめく。


「効いた……!」


しかし床一面の水滴が光を散乱させ、狙いが定まらない。

ギラギラと反射するだけで、直撃の効果は薄れていた。

「……くっ、光が拡散する……効き目が足りない!」


「くそっ、コピー用紙は……!」

安井さんがポケットから束を取り出し、パッと広げた。

ヒラヒラヒラ……紙は宙を舞い、掃除兵にまとわりつく。

だが次の瞬間、水を吸って紙がベタァッと床に貼り付き、ただのゴミと化す。


「……わかってたけど、水に弱すぎるなぁ」

安井さんは苦笑しながら、もう一束を必死に振り広げる。


「ひぃぃぃっ! また来たぁぁぁぁ!」

藤広が漂白剤をぶちまける。


シュワァァァァ……!

白煙が立ち上がり、掃除兵が一瞬止まる。


「効いた……!?」


しかし煙は仲間たちの視界まで遮った。

「げほっ……げほっ……! おい、味方も苦しいだろこれ!」

「ご、ごめんなさぁぁぁい!」

藤広は泣きそうな声を上げ、床に転がった。


……その目だけは煙の広がり方を冷静に追っていた。


ズゴゴゴゴッ……!

巨大モップが再び振り下ろされる。

その衝撃で棚が揺れ、陳列された洗剤ボトルがガラガラと落下。


バシャァァッ!

床一面がさらに濡れ、足場はもうほとんど氷の上だ。


「ちょ……っ! こんなとこで戦えるかよ!」

俺は足を取られながら必死に踏ん張る。


掃除兵たちがカタカタと体を鳴らし、一斉に突撃してきた。

ペットボトルの骨格がカチカチ音を立て、まるで軍靴の行進のように響く。


「囲まれる!」

ゆうじが叫ぶ。


「たかし! 鎖は!?」

「ダメだ! 布に吸われちまう! 出力が……スコーし、いや、ゼロに近い!!!」


光の鎖が一瞬だけ見えたが、すぐに溶けるように消えた。


「このままじゃ全滅する……!」

背筋が凍る。




「どないしてんねん、このド素人どもが……」


場違いな声が、戦場に低く響いた。

全員が一瞬動きを止めた。


「……え?」

俺は振り向いた。

ゆめも眉をひそめる。


声は棚の向こうからだった。

金属を引き裂くような音とともに、棚がガラガラと崩れる。




崩れた棚から現れたのは、ひときわ大きな人影。


スキンヘッド。

刺青びっしりの腕。

黒いサングラスに金チェーン。

胸元をはだけ、どう見ても極道映画の登場人物。


「ひっ……!」

藤広が情けない悲鳴をあげて尻もちをついた。


その男は、手にした袋から瓶を取り出した。

ラムネの瓶だ。


「ぷしゅっ!」

勢いよく開けて、中身を掃除兵にぶちまける。


シュワァァァァッ!

炭酸が泡立ち、掃除兵の関節が泡で固まり、一瞬動きを止めた。


「なっ……!?」

俺たちは目を丸くした。


次に取り出したのは駄菓子のうまい棒。

それを豪快にかじり、拳を振り上げる。


ドゴォッ!!!

掃除兵の頭が粉砕され、ペットボトルが四散した。


「テメェら……」

低い声と共に、サングラスの奥の視線が俺たちに突き刺さる。


「どこの組のもんじゃ?」


「い、いやいやいや! 組って!? 俺ら買い物に来ただけだから!」

必死に手を振る俺。


「フン。言い訳は聞きたくもねぇ」

鬼頭はラムネ瓶をもう一本開け、ぷしゅぅぅぅ……と音を立てる。


「ここはオレのシマや。勝手に荒らすんじゃねぇぞ、コラァ!」


「……なんでヤクザがラムネで戦ってんだよぉぉぉ!?」

俺のツッコミが響いた。


鬼頭の乱入で、戦場は一気にかき乱された。

掃除兵の陣形が崩れ、巨大モップすら一瞬動きを止める。


……だが、彼が味方か敵かは、まだ誰にもわからなかった。

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