第一章: 6 今更だけど……
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油の匂いが、まだ鼻にこびりついていた。
床には崩れ落ちた唐揚げとメンチカツの残骸。
ベタついた肉汁と焦げた匂いが混じり、吐き気すら誘う。
「……はぁ……はぁ……」
俺は壁に背を預け、膝に手をついた。
息が荒い。
心臓はドクドク暴れていて、体温がまだ下がらない。
「なんとか……倒せたな」
ゆうじがへたり込む。
手にしていたラップ芯は、もう真っ黒に焼け焦げていた。
「……やれば、できるじゃん」
ゆめは軽く笑った。
けど、腕には赤い痣が浮かんでいる。
さっき唐揚げを殴り飛ばした衝撃が残っているんだ。
「だ、大丈夫か? 腕」
俺が問うと、ゆめは肩をすくめて返す。
「これくらい平気」
その声は強がりじゃなく、本当に落ち着いていた。
……正直、俺よりよっぽど肝が据わってる。
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数秒の静寂。
油の滴る音と、遠くの機械が鳴らす低い唸り声だけが響く。
そのとき——
「……今更なんだけど」
ゆめが口を開いた。
声のトーンが、戦闘中よりずっと低い。
「え?」
俺は思わず顔を上げた。
「最初にいた客たち……どこに行った?」
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……ドクン、と心臓が跳ねた。
頭の中に、入口で響いた悲鳴や怒号がよみがえる。
逃げ惑っていた人たち。
出口に群がっていた人たち。
床に転んで泣き叫んでいた子ども……。
けど、今。
このフロアには、俺たち三人しかいない。
「……あれ? え、そういえば……」
ようやく俺も気づいた。
油にまみれた床の上にも、他の客の影は一つもない。
「そんなはずは……」
俺の言葉は尻すぼみに消える。
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「現実に戻された……とか?」
ゆうじが顔をしかめて言う。
「でも、もしそうなら俺らも一緒に戻されてるはずだ」
「……じゃあ、消えた?」
俺がそう言うと、ゆめは小さく首を振った。
「わからない。
でも少なくとも……ここに残されたのは、私たちだけ」
そう言う彼女の横顔は、冷たく光る蛍光灯の残光に照らされていた。
鋭くて、でもどこか怖かった。
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「……選ばれてるんだよ、たぶん」
ゆめが最後にそう呟いた。
ズシン、と重い言葉が胸に落ちる。
「選ばれて……る?」
俺は自分で繰り返してみた。
でも意味はまったくわからなかった。
ただ、背筋がまた冷たくなる。
惣菜軍団の熱気で火照っていた体が、一瞬で冷えた気がした。
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【ステータス更新】
【??? の数値が上昇しました】
視界に青白いパネルが浮かぶ。
また意味のわからない文字列。
でも今は、それを見るよりも——
「俺たちだけ残された」
その事実のほうが、ずっと恐ろしかった。
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