第35話--放課後の屋上--

春も深まり、昼間の陽射しはすでに暖かさを感じさせるものの、

風はまだ少し冷たさを残していた。


三年生になった彩と私は、再び同じクラスになって一か月が経過していた。

冬休み明けに交わした冷たい言葉から距離は少しずつ広がり、彩は友人たちとの時間を

楽しむ日々を過ごしていた。私もまた、その距離感に心を揺らしながら、ただ静かに

見守るしかなかった。


昼休み、私は机の下でスマートフォンを握りしめる。画面には彩の名前が表示されていた。

指先が震え、打ち込む言葉を何度も消しては書き直す。


――「今日、屋上で会える?」


送信ボタンを押す直前、私は一瞬息を止めた。

しかし、すぐに彩からの返信が届く。


――「ごめん、今日は友達と遊ぶから無理」


私はその文字を見て、胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。

やっぱり、無理……だよね。


携帯をそっと机に置き、視線を窓の外に向ける。

教室の窓から見える校庭の緑や桜の枝が、風に揺れている。彩がどこかで友人たちと

笑っている光景が頭に浮かび、私の胸を静かに痛めつける。


放課後、他の生徒たちは次々と教室を出ていく。

彩は結さんや翠さんと共に、笑い声を響かせながら廊下を歩いていく。

私はその姿をちらりと見送るだけで、言葉をかけることはできなかった。

胸の奥に渦巻く思いを、どう伝えていいのか、まだわからなかった。


やがて教室が静かになり、私は一人、屋上への階段を上がった。

冷たい鉄の手すりに触れ、扉を押すと、春の空気が屋上に流れ込む。

校舎の屋上は風が強く、足元の花壇には小さな草の芽が顔を出していた。


私はベンチに腰を下ろし、カバンから文庫本を取り出す。

ページを開くが、文字が頭に入ってこない。

彩の笑顔、冷たい言葉、そしてネックレスのことが頭を巡る。

一人で読む文庫本の文字が、かえって孤独を浮き彫りにするようだった。


――彩……


心の中で名前を呼ぶだけで、声に出すことはできない。

手のひらで本を押さえ、ページの文字に目を落とすが、すぐに視線は遠くの校庭へ。

そこで友人たちと笑いながら歩く彩の姿を想像する。胸の奥がぎゅっとなる。


風が頬を撫で、少しだけ目を閉じる。

春の匂い、桜の香り、校庭のざわめき。

全てが彩の存在を思い起こさせ、私の心をさらに揺らす。


無意識に、自分でもともと彩がしていたチョーカーを指先で触れる。

その感触に少しだけ安心するものの、同時に胸の奥に小さな痛みも残る。

ネックレスが彩の元から離れた今、自分の贈ったものが彩の胸に残っていない現実を、

私はどう受け止めればいいのか分からなかった。


屋上の風に当たりながら、自分の心を整理しようとする。

――どうして、あの日あんな冷たい言葉を口にしてしまったんだろう。

――冬休み明けに、彩は距離を置いた。それが正解だったのかもしれない。

でも、私の心は……彩から離れたくないって、叫んでいる。


ベンチに置いた文庫本を開き直すが、文字は再び頭に入ってこない。

私はページを指でなぞりながら、静かにため息をつく。


――ああ、彩……


その声は屋上の空に溶けていき、返事は返ってこない。

彩はもう友人たちと笑っている。私に会うことを拒んだその言葉が、

私の胸をさらに締めつける。


風に吹かれながら、静かに思う。

――もう一度……会える日は来るのだろうか。

――でも、今日じゃない。今日は、私一人で……


文庫本のページを開き直し、文字に視線を落とす。

しかし、心の中で彩の笑顔が鮮明に浮かび、ページをめくる手は止まる。

それでも、私はここに座り、静かに春の風を感じながら、彩を想い続ける。


――たとえ今日会えなくても、私は待つ。

――彩が心を開くその時まで……


屋上の風は冷たく、鉄の手すりはひんやりとしている。

凛は深く息を吐き、文庫本を胸に抱きながら、静かに一人の時間を過ごした。

外は春の夕陽に染まり、遠くの校庭では学生たちの笑い声が消えかけている。

私はその静寂の中で、彩への想いを胸に抱き、今日も一人、屋上で時を過ごすのだった。

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