第31話--冬の放課後、目の前の視線--

冬の放課後、校舎の廊下には人の気配が少しずつ減り、残るのは冷たい空気だけだった。

私はゆっくりと階段を降りながら、昨日の夜からの感覚を思い返していた。

彩と過ごした時間。布団の温もり、手を握り合った瞬間、肩が触れそうな距離で一緒に本を読んだこと――それが、まるで昨日のことのように鮮明に胸の奥に残っている。


階段を下りきる少し前、下の方から声が聞こえた。


「凛ちゃん、朝ぶり!」


見下ろすと、 澪が立っていた。

高校1年のとき、同じクラスでよく話した友人だ。

笑顔を浮かべて近づいてくる姿に、少しだけ懐かしさを覚える。


「そうだね、澪。」

「うん、元気そうだね。」


澪はすぐに言葉を続けた。

「最近、ちょっと変わった気がする。彩ちゃんと一緒にいるところ、目の前で見てたから偶然じゃないっていうか――」


私の胸が小さく波打つ。

そうか、彩と一緒にいる時間は、もう他人の目に映ってしまうのか。


「……そう見えるなら、そうかもね。」

私は淡々と返し、目をそらして前を向いた。


澪は少し首をかしげ、にっこり笑った。

「そっか。そういうことか。」


私は無言で歩きながら、指先でチョーカーを触る。

それはもともと彩がしていたもの。

自分の胸元に巻かれた感触が、昨日の夜の彩の温もりを思い出させる。

――こんなにも大切なものを、私はもう手放せなくなってしまったのかもしれない。


「凛ちゃん、最近、彩ちゃんのこと、考えてるでしょ?」

澪が言葉を続ける。


私は思わず肩を少しすくめ、目を細める。

「……そうかもしれない。」


澪はすぐに笑った。

「そっか、なるほどね。」

そして、すぐに軽く手を振る。

「じゃあ、またね!」


私はただ「うん」と答えるだけで、言葉を返さなかった。

澪が去っていくと、廊下は再び静けさに包まれた。


私は息をつき、外の冷たい風を胸いっぱいに吸い込む。

冬の空気が頬を刺すけれど、その痛みすら、彩と過ごしたぬくもりを思い出すと、

少しだけ心地よく感じられた。


(彩……私の隣にいると、何もかも変わってしまう。)


チョーカーの金具を指で押さえながら、私は自分でも知らなかった気持ちに気づく。

彩と過ごす日常の中で、心が少しずつ柔らかくなっていること。

だけど、それを他人に見られてしまうことは、どこか恥ずかしく、同時に怖い。


冬の夕日が差し込み、廊下に長い影を作る。

凛は小さく息をつき、チョーカーに触れたまま思う。


――私は、もう彩を遠ざけたくない。


でも同時に、彼女の存在の重さに戸惑いもしていた。

校舎の静かな空気の中で、私の心は揺れて、彩との距離の取り方を必死で考えていた。


冬の夕暮れに、二人だけの秘密の時間が浮かび上がる。

そして私は、彩と過ごすこれからの一瞬一瞬が、どれほどかけがえのないものかを

感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る