第25話--冬の午後、交わる影--
冬休みの午後。
曇った空の下を歩くと、
白い息がふわりと揺れて消えていった。
街は静かで、人通りも少ない。
カフェの窓際では、湯気の立つマグカップを手にした客たちが
のんびりと会話をしている。
私はその光景をただ、ぼんやりと見つめていた。
ここ数日、
誰かと話した記憶がほとんどない。
父も姉も、年末年始は仕事で家にいない。
母はもうこの家には帰ってこない。
ストーブの音だけが、
空っぽのリビングに静かに響く。
――静かすぎて、時々怖くなる。
そんな時は、つい無意識に
首もとへ手をやってしまう。
細いチョーカー。
本来は彩がつけていたもの。
気まぐれで彼女に渡したはずなのに、
いま私の首についている。
冷たさの奥に、微かな温もりを感じる気がして――
外すことができなかった。
駅前の商店街を歩いていると、
少し先で見慣れた姿が目に入った。
「……澪?」
黒田 澪。
高校一年のとき、同じクラスだった。
明るくて、どこか人懐っこい。
それでいて、他人の心の機微に敏い人だった。
彼女は私に気づくと、小さく笑った。
「久しぶり、凛。元気そうだね」
「……まあ、なんとか」
自然と歩幅を合わせ、並んで歩く。
冬の風が少しだけ頬を刺した。
「まだ学年順位、争ってるの?」
そう言って澪が笑う。
思わず小さく息を漏らした。
「やめてよ、それ。あれは昔の話」
「凛が一位じゃないと気が済まないタイプだと思ってた」
「そんなことない。ただ……負けるのが嫌なだけ」
言葉にして、自分でも少し苦笑する。
しばらく沈黙が続いたあと、
澪がふとこちらを見た。
「それより、そのチョーカー……似合ってるね」
思わず指先で触れてしまう。
革の感触が、少しだけ冷たい。
「ありがとう。でも、なんでそんな急につけてるの?
今まで、そういうの何もしてなかったよね?」
その問いに、少しだけ息が詰まった。
何と答えればいいのかわからない。
「……そうだね。気まぐれ、かな」
「ふうん。なんか、凛らしくないね」
澪はそう言って、
どこか優しい目で笑った。
カフェに入り、温かい紅茶を注文する。
澪はカップを両手で包みながら、ふと小声で言った。
「そういえば――凛って、最近“彩ちゃん”と話してる?」
その名前が出た瞬間、
心臓が小さく跳ねた。
「……なんで、彩のことを?」
「この前、偶然会ったの。買い物のとき。
ちょっと元気なさそうだったから気になって。
もしかして、なんかあったのかなって」
カップの縁に指を添えたまま、
私は言葉を失った。
あの時、屋上で別れたあと。
彩には何も伝えていない。
「来週また会おう」と言いながら、
約束を破ったまま――冬になった。
なのに、
まだ彼女はネックレスをつけてくれているのだろうか。
「……澪、彩に会ったとき、首もと、どうだった?」
「え? ああ……光ってたよ。
なんか、すごく綺麗なペンダントつけてた」
その瞬間、胸の奥が熱くなった。
良かった。
ちゃんと、つけてくれてるんだ。
それだけで、
凍っていた心の奥に小さな灯がともるようだった。
店を出るころには、
雪がまた降り始めていた。
澪は手を振って、
「また学校でね」と言って去っていった。
私はその背中を見送ったまま、
首もとのチョーカーにそっと触れる。
冷たい革の下に、
確かにまだ残っている“彼女の体温”。
――この気持ちを、
いつまで隠せるんだろう。
そう思いながら、
白い雪の降る街の中を、ゆっくりと歩き出した。
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