第22話--雪の街と届かない温度--

昼過ぎの街は、真っ白な光に包まれていた。

吐く息は白く、手袋の中の指先がかじかむ。

冬休みの二日目、私は特に行くあてもなく駅前の通りを歩いていた。


通りには家族連れや恋人たちが並び、マフラー越しの笑い声が絶えない。

それを眺めながら、心のどこかで少しだけ置いていかれた気がした。


――凛は今、何をしてるんだろう。


ポケットの中のスマホを取り出しては、何度も画面を開いて閉じる。

メッセージを送るほどの用事はない。

それでも、「元気?」のひとことくらい、言ってもいいのかもしれない。

けれど、その指はいつも途中で止まってしまう。


彼女のことを思い出すたびに、胸の奥が痛む。

冷たい風が頬を撫でるたび、あの屋上の景色が蘇る。

チョーカーを外してもらったときの感触。

そして、新しく首にかけられたスフェーンの光。


信号待ちの間、私はふと空を見上げた。

灰色の雲の隙間から差し込む光が、わずかに雪を照らしていた。

その瞬間、胸の奥で何かが小さく鳴った。


――凛の瞳の色、こんなふうに冷たいのに優しかったな。


駅の近くのベンチに腰掛けると、カバンから本を取り出す。

屋上で、凛が読んでいたのと同じ作家の小説。

偶然、図書館で見つけて借りてきた。


ページをめくるたびに、文字の奥から彼女の声が聞こえる気がした。

無表情の中に潜む、言葉よりも深い静けさ。

あのときの凛の横顔が、紙の向こうからこちらを見つめてくるようだった。


ふと、ページの途中で指を止める。

胸のネックレスに触れたとき、思わず小さく息を呑んだ。

冷たいはずなのに、どこか温かい。

その感覚だけが、今の私を現実に繋ぎ止めている。



家に帰ると、部屋の中は静まり返っていた。

暖房の音だけが淡く響く。

机の上には、冬休みの課題とノートが山積みになっている。


ペンを取る気にもなれず、私は窓際に座って外を眺めた。

雪が少しずつ積もり始めている。

その向こう、遠くの校舎の屋上がかすかに見えた気がして――

思わず目を細めた。


――あの場所で、また凛に会いたい。


静かに目を閉じる。

耳の奥で、彼女の低い声が蘇る。

「秘密を共有してみたいだけ」

そう言って笑った、あの夕暮れの声。


胸の奥がじんわりと熱くなり、気づけば頬を涙が伝っていた。

悲しいわけじゃない。

ただ、恋にも友情にもならないこの気持ちが、どこにも置けなくて苦しかった。



夜。

凛からのメッセージは、やはり届かない。

スマホの画面を伏せて、私はベッドに身を沈めた。

天井の明かりがぼんやりと滲んで見える。


そのとき、胸元のスフェーンがふと淡く光った。

それはまるで、遠くにいる誰かの心拍のように――。



一方そのころ。


綾瀬 凛は、静まり返った自室でひとり、机に向かっていた。

開いたノートには数行の文字。

ペン先が止まり、凛はふと窓の外を見る。


「……今日も、雪か」


指先で、自分の首元に触れる。

そこにあるのは、かつて彩がつけていたチョーカー。

彼女から外したその瞬間から、私はなぜかこれを捨てられなかった。


「気まぐれ、じゃないんだよね」

小さく笑い、呟く声は冷たい空気に溶けた。


ほんの少し、胸が痛む。

彩がこの冬をどう過ごしているのか――考えるのが怖かった。

彼女の手の中で輝くスフェーンを思い浮かべるたびに、自分の中の何かがざわめく。


私は静かにノートを閉じ、椅子の背にもたれる。

心の奥で、もう一度あの言葉が蘇った。


「放課後の秘密は、一週間だけ――」


自分で言ったくせに、その約束を終わらせられなかったのは、きっと彼女のせいだ。


窓の外で、雪がゆっくりと降り積もる。

それはまるで、凛の沈黙を包み込むように静かで――

どこか、温かかった。

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