第21話--凛と冬の空の下で--
放課後の屋上は、どこか遠い世界のように静かだった。
雪がちらつき始めた空の下で、私はフェンスに背を預け、白い息を吐く。
耳に届くのは風の音と、下の校舎から聞こえる笑い声。
みんなが帰っていく中、私はただその光景を見下ろしていた。
──どうして、こうしてしまったんだろう。
無意識に、首元へと手が伸びる。
そこにあるのは、あの黒いチョーカー。
もともと彩がつけていたもの。
彼女から外したあの日、私はなぜか手放せなかった。
理由なんて、いまも分からない。ただ、あの温もりを少しでも感じていたかった。
「やっぱり、ここにいた」
静かな声がして、振り向く。
ドアの向こうに立っていたのは──澪だった。
高校一年のとき、同じクラスだった子。
少し大人っぽくなって、髪も伸びていた。
「久しぶり、凛。まだ屋上、好きなんだね」
「……澪。なんでここに?」
「たまたま見かけたの。相変わらず静かだなって思って」
そう言って澪は微笑む。
その笑顔は、あの頃のままで。
懐かしいのに、少し距離を感じた。
「ねぇ、まだ学年順位争ってるの?」
「……さあ。最近はあんまり考えてない」
「うそ。凛がそんなこと言うの、初めて聞いたかも」
澪は楽しそうに笑いながらも、じっと私の首元を見た。
その視線が止まったのは、やっぱりそこだった。
「そのチョーカー、似合ってる。でも……どうしたの? 急にそんなのつけて。
今まで何もしてなかったのに」
その問いに、私は一瞬だけ息を呑んだ。
心臓の奥で、かすかな痛みが走る。
「……別に。ただ、気分」
「ふーん。珍しいね、凛が“気分”なんて言うの」
澪はそう言って、少し笑った。
けれどその声は、雪の音にすぐ消えていく。
私は何も言い返せず、ただ空を見上げた。
──あの子がつけていたから。
──あの子の温かさを、もう一度確かめたかったから。
でも、それは言葉にならなかった。
「……ねぇ、澪」
「ん?」
「もし、誰かのものを手放せなかったら、それって……変かな」
「変じゃないと思うよ。でも、苦しくなるよ」
その言葉が胸の奥に沈んで、雪よりも冷たく感じた。
私は少しだけ笑って、フェンスに背を預けた。
忘れたいわけじゃない。
ただ、あの冬のぬくもりをまだ閉じ込めておきたいだけ。
凛の吐く息が、白く空へ消えた。
その空には、どこかで同じ雪を見ている彩がいるような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます