第12話--綾瀬の家のリビングで--
冬の夕暮れは、街をオレンジ色に染めていた。
彩は凛の家の前で立ち止まり、少し緊張したまま門をくぐった。
見上げると、暖かい灯りが窓から漏れている。
表札の「綾瀬」の文字が、静かに光を反射していた。
凛は無言で玄関の扉を開け、彩を先に通した。
中に入ると、外の冷たい空気とは打って変わり、温かく柔らかい空気が彩を包み込む。
木の香りがほのかに漂い、リビングには落ち着いた照明が灯っていた。
「上がって。靴はそこに置いて」
凛の声はいつものように淡々としていたが、微かに柔らかさが混ざっていた。
彩は小さく頷き、玄関先の下駄箱に靴を揃えて置く。背筋に緊張を感じながらも、
どこか胸が高鳴るのを覚えた。
リビングに入ると、大きな窓から差し込む夕暮れの光が、淡く部屋を染めていた。
本棚には整然と並んだ小説や参考書、観葉植物や小さなインテリア雑貨が置かれており、凛の趣味や性格を垣間見ることができた。
凛は彩に向かって椅子を差し出す。
「座って。飲み物はどうする? レモンティー、紅茶、それともお茶?」
彩は一瞬迷い、目の前の小さなティーポットやカップをちらりと見渡す。
心の中で、いつもと違う光景に少し戸惑いながらも、自然と口が動いた。
「……レモンティーで」
凛は小さく頷き、手早くカップに注ぐ。
湯気が立ち、レモンの香りがかすかに漂う。
彩はその香りに顔を近づけ、心を落ち着けた。
カップを手に取った彩は、ゆっくりと息を吐く。
温かい液体が口に入ると、体の内側からふわりと温もりが広がった。
その温かさに、冬の冷たさを忘れそうになるほど心が和らぐ。
「……ここに来てもらうか、迷っていた」と、凛はようやく口を開いた。
その声は淡々としているが、いつもより少しだけ低く、響きが柔らかい。
「迷ってた……?」
「うん。彩に会うたび、どう接したらいいか悩むから」
彩は思わずカップを握る手に力が入った。
凛が迷っていたという事実が、胸に予想外の重さをもたらす。
「そうなんだ、誘ってくれて……ありがとう」
彩の言葉に、凛は表情を少しだけ和らげ、窓の外を見た。
外の景色には、沈みかけた冬の陽が長い影を作っていた。
その光の中で、二人の影が窓ガラスに重なる。
リビングの静かな空間は、彩にとってこれまで経験したことのない特別なものだった。
友人たちと過ごす教室や放課後の屋上とは違い、ここは凛の私的な空間であり、
同時に私と彼女だけの時間が流れていた。
彩はカップを見つめながら、自分の胸に湧く感情を整理しようとした。
ネックレスの光が指先でわずかに揺れ、虹色の輝きを放つ。
それを見ていると、心がじわりと温かくなる。
凛は静かにカップを置き、彩の顔をちらりと見た。
表情は普段通り冷たいままだが、その目には微かに感情の光が差していた。
「……彩、無理に答えなくていい。ただ、ここで話がしたかった」
彩はその言葉に胸が詰まる。
言葉の重みよりも、凛が自分のために時間を作ってくれたという事実が、
心に大きく響いた。
カップを置いたまま、彩は少しずつ姿勢を正す。
凛の家という、プライベートな空間にいることの特別さを、改めて実感する。
窓の外の景色は、すでに淡い夜の色に変わりつつあった。
リビングの灯りに映る二人の影が、窓ガラスに重なって揺れる。
その影を見つめながら、彩は胸の奥で静かに呟く。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。
凛は何も言わず、ただ窓の外を見ている。
でも、わずかに口角が上がり、夕暮れの光に照らされた目が優しく彩を見つめる。
彩は胸の高鳴りを押さえながら、カップをそっと握り直した。
ネックレスの虹色の光が、彼女の心の揺れを映すようにきらめく。
窓の外の街並みは、冬の冷たい空気に包まれ、灯りがぽつりぽつりと点いている。
リビングの中で、二人だけの時間が静かに流れ、彩はその温かさを心に刻み込んだ。
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