第8話--スフェーンの輝き--

秋の夕暮れ、彩は屋上の扉を開けた。

「来週」と凛に言われてから、何度か屋上に足を運んだが、いつも凛の姿はなかった。

初めてチョーカーをつけたあの日のことを思い出しながら、彩は小さくため息をついた。


(ただ遊ばれただけなのかな……でも、このチョーカーは外せない)


日々はあっという間に過ぎ、いつの間にか街路樹の葉は赤や黄に色づき、落ち葉が風に舞う季節になっていた。彩はチョーカーをつけたまま、冬の足音が近づく中で過ごしていた。


そんなある日、凛から短いメッセージが届いた。

「放課後、屋上に来て」


彩の胸がわずかに高ぶる。

(またいないんでしょ……でも、行かないと)


放課後、冬の冷たい風が頬を刺す。街の灯りが早くも点き始める頃、

彩は重い足を階段に向け、手でチョーカーに触れながら屋上へ続く階段を上った。


扉を開けると、凛が立っていた。

手には小さな箱を握りしめ、夕暮れの光に少しだけ照らされている。


「何…?」

彩は少し眉をひそめ、あまり嬉しそうではない声で問いかけた。


凛は何も言わず、箱を差し出す。

「開けて」


彩は戸惑いながらも、箱を開いた。

中には虹色に光るネックレスが収められていた。

光は分散して角度によって色が変わる「多色性」を持ち、柔らかい輝きを放つ。

結晶はくさび型をしており、見る角度によって緑色が黄色に見えたりと、

印象がガラリと変わる。彩は息を呑む。


(これ……私の誕生石、スフェーンだ)


「この石、スフェーンだよね?」

彩は震える声で尋ねる。


凛は静かに頷く。

「そうだよ」


「なんでスフェーンなの?」

彩はさらに問いただした。


凛は少し間を置き、柔らかい声で答えた。

「彩の誕生石だから」


その瞬間、彩の胸が温かくなり、どこか熱くなる感覚が走った。

でも、一番聞きたいことがまだ残っていた。


「でも……どうして、‘来週’って言ったのに、

冬になるまで何も言ってこなかったの?」


凛はゆっくりと箱から手を離し、彩を見つめる。

「渡すかどうか、迷っていたから」


彩はその言葉に少し胸を詰まらせながらも、

目の前の美しいネックレスに心を奪われる。

凛は続けた。


「スフェーンの石言葉は、『永久不変』『改革』『純粋』『人脈強化』。

夢や目標の達成を後押しし、努力や才能を最大限に発揮できるように。

パートナーとの絆を深め、新しい価値観を得ることもできるんだよ」


彩は言葉を飲み込み、胸に手を当てる。

温かさと高揚感が混ざり合い、冬の寒ささえも柔らかく感じられた。


凛は彩の首元のチョーカーに手を伸ばし、そっと外す。

そしてネックレスを首にかけ、留め金を丁寧に閉じた。


彩はしばらく動けず、ただ目の前の凛と首元の輝きを見つめる。

冷たい風が屋上を吹き抜ける中、胸の奥がじんわりと温かくなり、

心が満たされていく。


「ありがとう……」

彩は小さく呟いた。声は震えていたが、心の奥から自然に出た言葉だった。


凛は微かに笑みを浮かべるだけで、何も言わず夕暮れの空を見つめていた。

彩は首元のネックレスに触れ、柔らかな虹色の輝きが、

これからの時間と凛との関係を少しずつ彩っていくのを感じた。


屋上の冷たい冬風の中で、彩の心は不思議なほど温かかった。

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