第22話 二人の日常的な誘い
俺たちの、いびつで、しかし、何よりも甘美な「特別な関係」が始まってから、俺の日常は、その色彩を劇的に変えた。退屈な講義、人でごった返す学食、静寂だけが支配する図書館。以前の俺にとっては、ただ時間をやり過ごすためだけの、無味乾燥な風景でしかなかったそれらの場所が、今や、スリルと興奮に満ちた、俺たちだけの秘密の舞台へと変貌を遂げていたのだ。
その変化は、詩織と瑠璃が、まるで競い合うかのように、日常のあらゆる場面で、俺に対して、巧妙で、そして、どこまでも淫らな「誘い」を仕掛けてくるようになったことから始まった。
ある日の午後、俺は、必修科目である経済学の講義を、大学で一番大きな大講義室で受けていた。数百人の学生が、教授の退屈な話に、あるいは眠り、あるいはスマートフォンをいじっている。俺もまた、そのその他大勢の一人として、ノートの隅に意味のない落書きをしながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。俺の左隣には詩織が、そして、そのさらに隣には瑠璃が座っている。サークル外でも、俺たちは、ごく自然に、三人で行動を共にするようになっていた。
その時だった。机の下で、俺の右手に、ふわりと、柔らかな感触が触れた。見ると、詩織が、誰にも気づかれないように、そっと、俺の手に、自分の手を重ねてきていたのだ。俺が驚いて彼女の顔を見ると、彼女は、講義に集中しているかのような、涼しい顔で、まっすぐに前を向いている。だが、その白い頬は、ほんのりと、上気していた。
彼女の指が、俺の指の間に、一本、また一本と、ゆっくりと、しかし、確実に絡みついてくる。そして、恋人繋ぎの形が完成した瞬間、彼女は、きゅっと、その手に、力を込めた。それは、言葉にならない、雄弁なメッセージだった。「あなたは、私の『雄』。私は、あなたの『雌』」。その、絶対的な支配と服従の関係性を、この、数百人の学生がいる「公」の場で、再確認させるための、彼女だけの、健気で、そして、背徳的な儀式。
俺は、その小さな手から伝わる、温かい体温と、確かな服従の意志に、言いようのないほどの優越感を覚えていた。この、清楚で、誰もが憧れるお嬢様が、今、この瞬間、机の下で、俺と指を絡め合い、俺の支配を、その全身で感じて、興奮している。その事実が、俺の心を、じわりと、熱くさせた。
一方、瑠璃の「誘い」は、詩織のそれとは、全く対照的な形で、俺の征服欲を、容赦なく煽り立ててきた。
講義の後、俺たちは、学食が併設されたカフェテリアで、遅い昼食をとっていた。周囲では、他の学生たちが、楽しげな笑い声を上げながら、恋愛やサークルの話に花を咲かせている。ごくありふれた、平和な大学の日常風景。
俺が、パスタをフォークに巻き付けていると、テーブルの下で、俺の太腿に、何か、柔らかく、そして、温かいものが、するり、と触れた。俺は、驚いて、テーブルの下を覗き込もうとしたが、それを、正面に座る瑠璃の、悪戯っぽい視線が、制した。彼女は、口元に、小悪魔的な笑みを浮かべながら、まるで「気づいてないフリをしてくださいね」とでも言うかのように、片目を、ぱちり、とつぶせてみせた。
その正体は、言うまでもなく、彼女の、素足のつま先だった。彼女の足は、まるで意思を持つ生き物のように、俺のズボンの上から、太腿の内側を、ゆっくりと、しかし、大胆に、なぞり上げてくる。その、じれったいような、挑発的な動き。それは、詩織の、純粋な服従の確認とは違う。俺の反応を試し、俺の理性を揺さぶり、そして、俺の征服欲を、極限まで煽り立てるための、彼女だけの、計算され尽くした、淫らなゲームだった。
俺は、平静を装いながら、パスタを口に運ぶ。だが、その味は、もはや、ほとんど感じられなかった。意識の全てが、テーブルの下で、俺の最も敏感な部分へと、じりじりと、しかし、確実に近づいてくる、彼女の足の感触に、集中してしまっている。この、「公」の場での、あまりにも背徳的な行為。もし、誰かに見られたら、俺たちの関係は、全てが終わってしまうかもしれない。そのスリルが、俺の興奮を、さらに、加速させていった。
純粋な奉仕で、俺の支配欲を満たす詩織。挑発的な行為で、俺の征服欲を煽る瑠璃。二人の、全く異なるアプローチは、しかし、結果として、俺たちの、このいびつで、特別な関係性を、より、強固なものへと、変えていった。彼女たちの、日常の中に潜む、これらの淫らな「誘い」は、俺にとって、もはや、何よりも刺激的な、媚薬となっていたのだ。
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