第20話 三人の関係の再定義
インスタントの粉末を溶かしただけの、安物のコーヒー。バターを塗って、オーブントースターで焼いただけの、変哲もない食パン。俺が、この殺風景な部屋で、一人でいる時には、ただ空腹を満たすためだけの、味気ない「餌」でしかなかったそれらが、今朝は、まるで高級レストランのフルコースのように、温かく、そして、味わい深く感じられた。
小さなローテーブルを、三人で囲む。詩織と瑠璃は、俺が貸した、ぶかぶかのTシャツを、まるでワンピースのように着こなしていた。詩織は、恥ずかしそうに、しかし、どこか嬉しそうに、小さな口で、こつこつとトーストをかじっている。瑠璃は、まだ眠気が抜けきらないのか、マグカップを両手で包み込むように持ちながら、その湯気を、うっとりと見つめていた。
昨夜の狂乱が、まるで遠い昔の夢であったかのように、そこには、穏やかで、そして、どこか家族の食卓を思わせるような、温かい空気が流れていた。誰も、昨夜の出来事を、口には出さない。だが、時折、視線が合うたびに、互いの頬が、ぽっと、朱に染まる。その、言葉にならないコミュニケーションだけで、俺たちの間には、十分すぎるほどの、甘い親密感が満ちていた。
食事が終わり、俺が、三つの空になったマグカップを片付けていると、それまで黙っていた瑠璃が、唐突に、しかし、どこか計算されたような口調で、口火を切った。
「……で、私たち、これから、どうなっちゃうんですかね?」
その言葉に、俺と詩織の動きが、ぴたりと止まる。それは、俺たちが、無意識のうちに避けていた、しかし、決して避けては通れない、核心的な問いかけだった。
「セフレ、ってわけでもないですよねぇ? だって、陽介センパイ、私たちの中に、いっぱい出しちゃったわけですし」
瑠璃は、わざと悪戯っぽく笑いながら、爆弾のような言葉を、平然と投下してくる。その直接的な言葉に、詩織の顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まった。俺もまた、心臓が、どきり、と大きく跳ねるのを感じる。
詩織は、その潤んだ瞳で、俺の顔を、不安そうに、しかし、何かを期待するように、じっと見つめてきた。そして、震える声で、彼女自身の望みを、そっと、言葉にした。
「……私は、ただの、そういう関係は、嫌……。ちゃんと、特別、な関係がいい、です……」
その、あまりにも健気で、純粋な願い。その言葉を聞いた瞬間、俺の中で、最後の迷いが、完全に消え去った。そうだ、俺が、決めなければならない。俺が、この二人の少女との、新しい世界のルールを、創造しなければならないのだ。俺の中に芽生えた、新たな責任感と、そして、満たされた自信が、俺の背中を、強く、押していた。
俺は、二人の前に、ゆっくりと向き直ると、一人一人の瞳を、真っ直ぐに見つめ返し、そして、覚悟を決めて、告げた。
「恋人、とか、セフレ、とか、そういう、ありきたりの言葉で、俺たちの関係を、括りたくない」
俺の言葉に、二人は、息を呑んだ。俺は、続ける。
「これは、俺と、詩織と、瑠璃、三人だけの、特別な関係だ。誰にも理解されなくていい。俺たちが、互いを必要とし、互いを求め合う。それだけで、十分だ。俺は、お前たちの『雄』として、お前たち二人を、愛し、守り、そして、支配する。お前たちは、俺だけの『雌』として、俺に、その全てを、捧げる。……そういう関係じゃ、ダメか?」
それは、あまりにも独善的で、身勝手な提案だったかもしれない。だが、それが、俺が、この一夜を経て、見つけ出した、唯一の答えだった。二人は、俺のその言葉に、一瞬、戸惑ったような表情を浮かべた。その瞳には、未知の関係性への、不安と、そして、それを遥かに上回る、喜びの光が、きらきらと、輝いていた。
先に、口を開いたのは、詩織だった。彼女は、決意を固めたように、俺の前に、すっと、正座をすると、深々と、その頭を下げた。
「……はい。喜んで。私の全部、陽介くんのものです。これから、ずっと、あなたの『雌』として、あなたに、私の全てを、捧げます……」
その、絶対的な服従の誓い。続いて、瑠璃もまた、ふ、と、蕩けるような笑みを浮かべると、俺の足元に、すり、と、その身を寄せた。
「しょーがないですねぇ、陽介センパイは。……いいですよ。陽介センパイになら、私、どうされてもいいです。昨日みたいに、いっぱい、意地悪してくださいね……❤️」
その言葉は、彼女が、自らのMとしての本能を、完全に受け入れたという、覚醒の告白だった。
二人の、それぞれの形での、絶対的な肯定。その言葉を聞いた瞬間、俺は、この、いびつで、しかし、何よりも愛おしい、三人だけの特別な関係が、確かに、この世に誕生したのだと、確信した。
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