第19話 朝の目覚めと無言の了解
どれほどの時間が、快楽の海の中で過ぎ去ったのだろうか。意識が、深い眠りの底から、ゆっくりと浮上してくる。最初に感じたのは、瞼の裏を、優しく、しかし、確実に照らし出す、朝の光だった。重い瞼を、なんとかこじ開けると、カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、部屋の中を漂う無数の埃を、きらきらと輝かせているのが見えた。狂乱の夜は、終わりを告げたのだ。
身体が、鉛のように重い。全身の筋肉が、心地よい倦怠感に包まれている。そして、俺はすぐに、その原因が、自分の身体だけによるものではないことに気づいた。俺の右腕は、穏やかな寝息を立てる詩織の枕となり、左腕は、猫のように丸くなって眠る瑠璃を、その胸元に抱き寄せていた。俺たちは、三つの布団を一つの大きな寝床として、まるでパズルのピースが組み合わさるように、互いの裸体を絡め合わせながら、眠っていたのだ。
その時、俺の鼻腔を、ある独特な香りが、ふわりと、くすぐった。それは、昨夜、俺たちが、この部屋で、どれほど激しく交わり合ったのかを、何よりも雄弁に物語る香りだった。俺自身の精液の、むせ返るような匂い。二人の少女の、汗と愛液が混じり合った、甘く、そして、どこか動物的な体臭。そして、彼女たちが使ったシャンプーや石鹸の、フローラルな香り。その全てが、この六畳一間の空間で、一つの、俺たちだけの、特別な匂いとなって、空気を満たしていた。その背徳的で、濃密な香りを吸い込むたびに、昨夜の出来事が、鮮やかな記憶として、脳裏に蘇ってくる。
俺は、しばらくの間、身動きもせずに、両腕の中で眠る二人の少女の寝顔を、ただ、じっと見つめていた。詩織の、あどけない寝顔。長いまつ毛が、その白い頬に、穏やかな影を落としている。そして、瑠璃の、どこか満足げな、小悪魔の面影を残した寝顔。数時間前まで、俺の下で、淫らな言葉を叫び、快感に身をよじらせていたのが、まるで嘘のようだ。この二人の少女を、俺が、この腕で、支配した。その事実が、静かな、しかし、確かな幸福感となって、俺の胸を、温かく満たしていった。
やがて、俺の腕の中で、詩織が、ん、と小さな身じろぎをした。そして、ゆっくりと、その大きな瞳を開く。目が合った瞬間、彼女の頬が、さっと、朝焼けの色に染まった。昨夜の記憶が、一気に蘇ってきたのだろう。だが、彼女は、決して目を逸らさなかった。ただ、恥ずかしそうに、しかし、どこか、とろけるように甘い微笑みを、俺に向けたのだ。
その微笑みが、俺たちの間で、全ての言葉の代わりとなった。ありがとうも、ごめんなさいも、好きだという言葉すら、もはや必要ない。俺たちは、ただ、互いに微笑み合うだけで、昨夜の全てを肯定し、そして、これから始まる、新しい関係性を、無言のうちに、受け入れたのだ。
続いて、瑠璃も、ふぁ、と大きなあくびを一つして、目を覚ました。彼女は、俺と詩織が微笑み合っているのを見ると、にゃ、と猫のように笑い、俺の胸に、さらに強く、その柔らかな身体をすり寄せてきた。
「……おはよーございます、陽介センパイ」
その声には、いつものような、からかう響きはなかった。ただ、心地よい倦怠感と、満たされた安堵感だけが、その声色に滲んでいた。
俺は、そんな二人の姿に、言いようのないほどの愛おしさを感じながら、ゆっくりと、その腕の中から身体を起こした。そして、床に散らばった服の中から、自分のものだけを拾い上げると、キッチンとも呼べないような、小さな流し台へと向かう。何か、温かいものでも飲ませてやりたい。そんな、ごく自然な感情が、俺の中で芽生えていた。
俺は、お湯を沸かしながら、洗面台の鏡に映る自分を見た。そこにいたのは、今まで知っていた、内気で、受動的な、草食系の俺ではなかった。一晩で、二人の少女を完全に支配した、「雄」としての自信に満ちた、知らない男の顔が、そこにあった。
俺は、戸棚の奥から、来客用に買っておいた、新品の歯ブラシを、二本、取り出した。そして、それを、自分の歯ブラシが置いてある、小さなコップの中へと、当たり前のように、並べて置いた。三本、並んだ歯ブラシ。それは、この部屋に、詩織と瑠璃が「いる」という事実を、何よりも雄弁に物語る、小さな、しかし、確かな証だった。
この光景を見た時、俺は、今までに感じたことのない、満たされた幸福感と共に、新たな責任感が、自分の肩に、ずっしりと、しかし、心地よい重さでのしかかってくるのを、確かに感じていた。俺は、この二人を、守っていかなければならない。俺だけの、「雌」として。俺たちの、新しい日常は、今、始まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます