宝物 side—福元くるみ

「あ、これ…。」


舞耶様から頼まれた部屋のたんすの整理をしているときだった。

一番下の段の引き出しを開くと、見たことのあるドレスが出てきた。丁寧にたたまれていて、この状態であればぱっと見、ただの美しいドレスに見える。しかし、広げてみれば、美しい装飾は所々とれていて、袖や襟はクシャクシャになったもうボロボロのものだ。

私がまだ、洗濯係にいたとき、トラブルになったもの。


(あれからは洗濯係から外れて主にこの部屋や舞耶様のもとで働けているけれど…。)


でも、あんなに綺麗だったのに、今ではもうこんな状態になってしまったこのドレスを見ると、少し胸が痛む。きっと、舞耶様にとってはすごく大切なものだったはず。


「あ、くるみさん。」


「あっ、はい!なんでしょう。」


「たんすの整理をしてくれているのね。ありがとう。そこ、ごちゃごちゃしてるでしょう。」


「物はたくさんありましたが…でも、なんだか想いの詰まってそうなものがいっぱいで、いいなって思いました。あ、このドレス、ここに入れたままの方がいいですか?」


「ああ、それは…いいわ。それ貸して。私があるべき場所に持っていくから。」


「それもきっと、大切な物なんですね。」


「ああ、これね。」


すると、舞耶様はなぜか少し寂しそうな顔で話し出した。


「これ、忠さんからのプレゼントなのよ。あの人は私に喜んでもらいたいって思って、このドレスをプレゼントしてくれたのよ。あの時はまだ、私たちのなかにはちゃんと愛があった…はずよ。でも、最近は、なんだか不安になってきてしまったの。」


舞耶様の言いたいことは何となくわかる。

ここに勤めてからまだ少ししか経っていないけれど、それでも感じる、この屋敷からは、家族の絆や愛が、感じられない。全く温かみがないわけではない。もちろん人の笑顔や幸せの数だってゼロではない。

忠様はきっと、金や財力、そんなところに気を取られて人間の内側から湧き上がってくる愛しいものを忘れてしまったんだろう。

 財を手に入れた人間なんてそんなもんだ。目に見える物や、そこから予測できる物しか、感じることができない世界に入っていってしまうんだ。いや、手に入れてからではなく、手に入れるために——。


(だめ。忘れないと。)


「でも、手放す勇気って中々でないものよ。くるみちゃんもあるでしょ?大切な宝物。」


「…そうですね。」


手放そうとするたびに、その手が震える。何らかの義務感からなのか、それともまだそこに愛が残っていたからなのか、それとも醜い欲望からなのか。そんなの、分かっても考えたくはない。


(でも一番辛いのは——。)


「そうだくるみちゃん、手出して。」


「は、はい。」


「これ、あげる。」


手のひらに乗せられたのはミルク味の飴玉1つ。


「ご褒美。その段でたんすの整理、終わるでしょ。やっぱり甘い物って大切よね。頑張ってね。」


そう言うと、舞耶様はまた部屋を出て行った。

丸い、真っ白な飴玉。この屋敷の温かみは、この飴玉のおかげなのかというくらい、不思議な温度をしているように感じた。


「ふふ。」


(よし!お仕事頑張らないと!)




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複製された「私」の、人間の愛し方。 番外編 卯月咲樂 @150141yone

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