引っ込み知り同士
こばん
序章
冬休み。そして年の瀬が迫った寒い日の朝。吐く息は白く、雪こそ降っていないがいつ振り出してもおかしくないような重い雲が空一面を覆っていた。
今日は太陽も人見知りを発動させているのか、ちっとも顔を出してくれない。そのせいか余計に寒く感じていた。
……さっきまでは。
「りょ、りょういちくん!電車、電車もうホームに入ってます!」
どこかに旅行にでも行くのか、大きいバッグとリュックを荷物でパンパンにした少女が、四番ホームに行く通路を走っている。線路をまたぐように作ってある通路は、階段をのぼって渡り廊下みたいなところを通って、階段を下りる。ただでさえ遠いのに四番ホームに行くには余計に階段を上り下りしないといけないのだ。
「なんでよりによって一番遠いホームなの!」
両手にバッグを持った少年は走りながら思わず文句を言う。それに答えたのは、少年の後ろを入るもう一人の少女。
「いやー、いなかっすからねぇ。ちなみにあれ逃したら、次の便はお昼近くまでないっす」
「「うそぉ!」」
……幸いなんとか発車までに乗り込むことができた。荷物をその場に置いて肩で息をしている三人の少年少女は、今日が気温が落ち込んでいる日だったのが災いして、厚着している。防寒性の高いジャケットは温度も逃がしてくれないので、中身は暑いし外気は寒い。そして電車に乗ったらしっかり効かせてある暖房がこの時ばかりは少しうらめしかった。
「も、もう……駅の構内をあんなに走って……皆さんにものすごく見られてました……」
向かい合わせの四人席を確保した三人は、家から持ってきた飲み物を飲んでようやく人心地ついたところである。電車にダッシュで乗り込んできたために、他の電車を待ってホームにいる人からもチラチラ見られている。それに気づいて両手で顔を覆っているのは卯月……いや、結城涼葉。十三歳の少女である。彼女が人目を惹きやすい事も恥ずかしい要因となっているんだろう。
首くらいまでのきれいな黒髪の少女は、すれ違う人は男女問わず過半数以上が振り返るような、整った顔立ちをしている。年齢的にもきれいとかわいいの中間地点に立っている彼女はひいき目を抜いてもかわいらしいと言える。
そして恥ずかしがる涼葉の隣で、「間に合ってよかったっすー」と軽い感じで笑っているのは、駅までダッシュする原因を作った諏訪崎舞香。年齢は一つ下で、少し明るめの髪を肩くらいまで無造作に伸ばしている。
そして意外と体力があるのか、みんな同じくらいの荷物を抱えて走ってきたのに、そこまで息を切らしていなかった。
そして、二人の向かいの席に座っているのが……、え?涼葉がやるの?いや、いいけど……。じゃあお願い。
――はい、紹介を変わります。りょういちくんは私、涼葉がちゃんと紹介してあげます。
私と舞香さんの向かいの席に座って……ちょっと照れて外を眺めているのが、水篠……違いますね。藤島諒一くんです。一応私と同級生なんですけど……まあ、これはおいおいですね。
舞香さんのうっかりで、駅まで走らないといけなくなった時も、私や舞香さんが走りやすいようにわざと大きな声を出して、周りの人に気付いてもらえるようにしたり、何も言わず一番重い私と舞香さんのバッグを持って走っちゃう、そんな気遣い屋さんです。
ふふ……今日は寒いですからね。りょういちくん、耳が真っ赤ですよ?ごめんなさい、そんな照れないで下さい。
りょういちくんはいろいろと不思議な人です。ここでは語りませんけど……。
ちりん
ああ、あなたもいましたね。
私と……それからりょういちくんのスマホケースに下がっているキツネさんのキーホルダー。りょういちくんは、ねつけ?って言ってましたっけ。隣にいる舞香さんの実家の近くにある神社で買ってきてくれたもので……その、縁を結ぶご利益があるそう、です。
え、縁といっても、男女の恋愛的なそればかりじゃなくて、家族とか友人とか大切な人との縁を結ぶといいますか、えっと……と、とにかくです。いろいろとご利益があったので、その神社にお礼参りに行くために、こうして舞香さんに案内を頼んで電車でお出かけをすることになりました。
ふふ、楽しみです。電車で遠いとこにお出かけなんて初めてですもん。りょういちくんはどうですか?
――えっと……そうだな。あんまり遠出した記憶はないかな。家族でお出かけなんて一切なかったし……。
うん、だから俺も結構楽しみにしてる。
「さっきからお二人で黙って見つめ合って……さすがにこの空間で仲間外れはキツイっす」
口をとがらせて舞香が言う。
「そっ、そんな事……。ごめんなさい、ちょっと紹介的なあれこれを。ええ大丈夫です。ええと、この電車で五時間でしたっけ?そう考えるとかなり遠いですね、舞香さんの実家って」
少し焦りながら涼葉が話題を変える。舞香も紹介なら仕方ないと思ってるのか、すぐに切り替えたようだ。
「そうっすね。多分お二人ともびっくりするっすよ?結構な田舎なんで。今の時期だと雪もすごいんじゃないすかねぇ。そういえば諒一先輩、そのやたらごついブーツって……」
舞香が諒一の足元に視線を落とす。そこには、カジュアルな長靴と称してもいいようなブーツを諒一が履いていた。
「おう、雪がすごいって聞いてたから、滑らないように買ってきた。これ暖かいんだぞ」
「や、そこまではないんすけど……。ま、まあよかったっす。ぎりカジュアルだって言える範囲で。スパイク付きのブーツとかじゃなくて……」
「スパイク付きのブーツ!あったあった、かっこいいよなあれ。少し迷ったけどさ、床とかを傷つけそうだからやめといた」
そう言う諒一に、少し頬が引きつるのを押さえながら舞香は苦笑いでごまかした。
「あ、そうだ。今日は家を出るのが早くて、朝ご飯どころじゃなかったでしょ?私電車の中でつまめるようにって、サンドイッチ作ってきたんです。よかったら食べませんか?」
そう言うと涼葉がバッグの中から取り出してひろげたのは、複数の種類のサンドイッチを小さめに切って詰めてあるお弁当箱だった。
「ひゃあー。涼葉先輩もしかして、これ全部お手製っすか?」
そう言って驚きを隠さない舞香に、何を当たり前のことをと言わんばかりの顔をする涼葉。
「りょういちくん、ハムとチーズのサンドが好きでしたよね?それはこのエリアです。フフ、多めに作ってますから好きなだけ食べてくださいね?」
「おお、さすが涼葉。うまそう……でも大変だったろ?」
早速一つ摘まんだ諒一がそう言うと、ご機嫌な様子の涼葉は首を振った。
「これも例の計画のうちですので。それよりも……おいしそう、ですか?」
諒一の顔を窺うように見てくる涼葉に、諒一は少し焦る。
「え?もちろんだけど……」
「ふたを開けた瞬間にりょういちくんが「うまそう」って言ってくれたじゃないですか。その……お世辞とかはいいですよ?」
もじもじしながら言うのは反則だって……。
「そ、そうだっけ?無意識にそう言ってたんなら、お世辞も何もないよ。ほんとにそう思ったんだから自然と出たんだろうし……うまそう、だよね?諏訪崎さ……何その顔」
同意を求めようと視線を舞香に移した瞬間、ものすごくにやにやと笑う舞香の笑顔にぶつかった。
「いやー。お二人はあいかわらず仲いいっすね。電車の中とか関係ないんすね?いい潤い出てます。感謝っす」
舞香にそう言われ、自分たちがいる所を思い出し、涼葉と二人で顔を赤くして俯いた。そんな俺たちに舞香がそっと顔を寄せて言った。
「だいじょぶっす。この車両ガラガラっすから。近くには誰も座ってないっす!安心して、お二人……いた!痛いっす涼葉先輩、叩くのはやめてほしいっす」
顔を赤くしてぱしぱしと舞香の背中を叩く涼葉を見ながら、楽しい旅行になりそうだなと諒一は心が浮き立つのを感じていた。
ちりん
電車に揺られたのかとこからか鈴の音が聞こえた。そういえば、今の俺になってまだ半年しかたっていないのか……。
涼葉や舞香、ここにないないけど大志や壮太。篠部や楓花と一緒に騒いでいたりしていると、ずっと前からここにこうしていたように感じる。
目の前では涼葉はもう舞香を叩くのはやめて、着いた時の事を楽しそうに話している。諒一はその二人の話を聞きながら半年前に思いを馳せていた。
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