ラブコメ讃歌は自ら歌うものでして。

辻森颯流

第1話 陽キャなキミへ。

「あの、佐伯くん。今日の放課後って、少し時間あるかな?」


 彼女に話しかけられたのは、突然だった。


「え……別に用事はないけど」


 すると、彼女はパァッと顔を明るくし、胸の前で手を合わせた。


「ほんと? 嬉しい! じゃあ、放課後に東校舎の屋上に来てもらえるかな」


「あ、うん。わかった」


「ありがとう! 待ってるからね」


 彼女はおれに背中を向け、肩越しに小さく手を振りながら口をパクパクさせた。


 たぶん「またあとで」と言ったのだろう。


「……マジかよ」


 小さく呟いた声は、自分でも驚くほど熱を帯びていた。


 告白、されるのかな。いやいや、こんなのラノベでよくあるパターンじゃないか。


 どう考えても告白されそうな状況を迎えた冴えない男子高校生は、結果的に告白されないのがお決まりパターンじゃないか。


 第一、彼女ーーー桜 深春(さくら みはる)とは、今までほぼ話したことすらない。


 おまけに彼女は、いつもクラスの中心にいる、いわゆる陽キャだ。


 告白なんて、されるわけがない。


 そう思っているのに、屋上へ向かう足取りは軽かった。


ーーー


「あ、告白とかじゃないから安心してね!」


「早いよぉ!!」


 屋上で桜さんと対面し、開幕0.5秒でおれの夢は破壊された。


 期待外れRTA最速記録だ。思わず叫んだおれに「は、早いって……?」と明らかに動揺している桜さん。


 やっぱり思った通りだ。告白されそうなシチュエーションのときは、絶対に告白されないのだ。


「えっと、とにかく来てくれてありがとう」


「まあ、それはぜんぜん…」


「忙しいだろうに、ごめんね? 部活とか大丈夫だったかな?」


「おれ帰宅部だし……」


「そうなんだ! お家でやりたいことがあるってステキだよね! 趣味ってほんとに大切なものだし」


「帰宅部をそんな肯定的に捉えてる人はじめて見たぞ」


「たしかに帰宅部は少数派だけど……自分でやりたいことを見極める力があるからこその選択だよね。すごいことだと思うな!」


「えーなにこの子めっちゃ眩しいんだけど……」


 キラキラとした瞳をした彼女を見ると、本気で言っているんだとわかる。


 なんと絵に描いたようないい子だろう。パッチリとした目にツヤのある黒髪。まさにヒロインって感じだ。


「それで、おれにどんな用が?」


「あ、そうだよね。せっかく来てもらったんだもんね」


 彼女は手ぐしでササっと髪を整え、唇を引きむすび、真剣な顔でおれを見て、そして言った。


「私に、無口なクールキャラになる方法、伝授してくれないかな?」


「……ん?」


 屋上特有の涼しい夕風が、2人の横をサァッと通り過ぎていった。


 ――――――――――



「私に、無口なクールキャラになる方法、伝授してくれないかな?」


「……ん?」


 意味がわからない。


「ごめん、もう一回」


「私に、無口なクールキャラになる方法、伝授してくれないかな?」


「ダメだ、聞こえてるけど意味がわからない」


「佐伯くんみたいに、無口なクールキャラになれる方法を知りたいの!」


「まじか、この上さらに意味がわからなくなることあるのか」


「あ、ほらそのちょっと冷めた感じ! いいなぁ」


「え、どれどの感じ?」


 まったく会話は噛み合っていないのに、桜さんは両頬に手を当ててうっとりとしている。


 なんだこの状況……。


 目の前には美少女。


 場所は夕暮れの屋上。


 なのにおれの頭の中は、疑問符だらけ。


 ともかく、告白されるかもというおれの甘い夢が一瞬でくだけたことだけは、間違いなさそうだ。


 ――――――


 屋上の端に申し訳程度においてあるベンチに並んで腰かける。


桜さんは、ハキハキと話し始めた。


「私ね、子供の頃から、明るくて楽しい雰囲気が大好きだったんだ。幼稚園のときのお遊戯会とか、小学校での運動会とか、みんなで楽しく盛り上がれるのがすごく好きで」


「だろうなぁ。今もクラスの中心人物だし」


「でも最近、友だちに勧められてネットでWEB小説を読み始めたのね」


「おお、それはまたずいぶん意外な」


「そしたら私、すっかりハマっちゃって! 1人でじっくりなにかをするのも、こんなに楽しいんだってはじめて知ったの。とくにクール系主人公が出てくる作品! 少し冷めてるような、ちょっとぶっきらぼうな感じがすごくかっこいいと思ったの!」


「それでクールキャラになりたいのか」


「そう! でも、どうやったらあの感じが出せるのかわからなくて……そこで、佐伯くんにやり方を伝授してもらおうかなって」


「ごめん、そこがほんとにわからない」


 桜さんは、きょとんとした顔でおれを見た。そんな「なにがわからないの?」みたいな顔されても。


「なにがわからないの?」


「あ、実際に言われちゃった」


「佐伯くんこそ、まさしく無口なクール系男子じゃん!」


「あちゃー、キミにはおれがそう見えてるのね」


「まるでWEB小説の中から飛び出してきたみたいな……教室の隅で頬杖ついて窓の外を眺めている姿なんて、理想的なクールっぷりだよ!」


 なんというベタ褒め。


 キラキラした目をこちらに向けて、ギュッと拳に力をこめている彼女。どうやらからかわれているわけではないらしい。


 たぶんこれは、おれみたいなヤツが、かわいい子とお近づきになれる、またとないチャンス。


 でも、こんな純粋そうな子を騙すわけにはいかない。おれは、真正面から彼女の目を見て、真実を突きつけた。


「桜さん」


「はいっ!」


「おれは、無口なクール系男子じゃない」


「……え?」


「ただの陰キャだ」


 おれの声が、屋上に小さく響いた。

 

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