第26話 詰み
「ヒトヒト……シクシク……」
鳴き声かも、風の音かも分からない。
けどその不気味でか細い音を、俺の大きな耳は捉えていた。
聞いているだけで自然と心拍が早くなり、熱くなるのに寒気が止まらない。
この原因の分からない身体が出す警報に、俺の思考回路は煙を上げてショートするしかない。
こんなモンスター……俺は知らないぞ……。
「……あれが……このラビリンスのオニ……? あの……よりも……ブツブツ……」
「なななななななんなのだあれは……ふふふふ震えが止まらないのだ……」
いつの間にかうずくまっていたチュウリンは、ガルタの肩を掴んで岩から顔を出していた。
ガタガタと音が鳴りそうなくらい小刻みに震えている。
ガルタはなんか一人でブツブツ言っているし……
隠れていた方がいいのだろうか……
何をすればいいのか、そもそも何かをしていいのかも分からずただ戸惑うことしかできない。
そうやって停滞している俺の後ろで、黒い炎を燃やしているのは……
「……危ないやつは……」
「……サクラ?」
意図せず漏れた名前を呼ぶ声は、サクラには届かなかった。
「オイラが殺す」
突然、サクラが大岩から飛び出して下っていく。
「サクラ!」
気づけばぐるぐる考えて立ち止まっていた俺の思考と身体がまっさらになり、本能的にサクラを追いかけていた。
「ダメだよ! 二匹ともお願いだから止まって!! そいつと戦っちゃいけない!!」
遅れてガルタも飛び出し、悲鳴に近い叫びを上げながら素早く岩山を降りていく。
「っあ、あっしを置いていくなぁぁぁ!!」
最後に飛び出したチュウリンは大慌てで俺たちの背を追いかけ、転げ落ちながら岩山を下る。
俺は無我夢中でサクラを追いかけるが、全く距離が縮まらない。
身体能力で言えばイッカクウサギの俺の方が高いはずなのに……俺が、イッカクウサギの身体を扱いきれていないんだ。身に余る力を制御できない……!
そんなことを言っている場合ではないのに……!
「息の根を止めてやるっす」
サクラが大きく跳び上がり、鬼に向かって急速落下。
「イキヨイキヨ!」
サクラが鬼のもとに辿り着く直前、鬼は地面に鉄の棒を打ち付けた。
次の瞬間、地面から黒色の粒子が湧き出る。
大量に湧き出た黒の粒子は周囲に広がっていき……サクラは勢いそのままそこに落ちていった。
まずい、絶対にまずい。
このまま行けば、俺もこの黒霧の中に……さっきの鬼もどんな攻撃をしてくるか……というかそもそもこの霧に突っ込んで無事でいられるのか……
「……うるさい!」
行け……行け、行け、いいから行け!!
俺は心の中で足踏みする自分を叱咤し、目を瞑って黒霧に突っ込んだ。
黒霧は俺を歓迎するように全身を包み込むも……
……なんとも、ない。良かった。
そうだ、サクラを探さないと、早くしないと……!
……焦るな……焦ればさっきと変わらない……まずは位置関係を把握しないと。
俺は姿勢を正して上を見上げ、角に魔素を集中させる。
「ソニックウェーブ!」
──────キィィィィィン
空気が震え、無音の波が世界に広がった。
ほとんど聞こえないような、角が震える甲高い音。
そんな音でも、今の俺の耳なら捉えられる!
岩、生き物、砂利……あらゆるものに反響して戻ってくる音を頼りに情報を得る。
盤上に駒を置くような感覚で、目で見えない空間を模っていく。
まずはサクラ周りの状況を把握しないと。
えっと……サクラが居て、その正面に鬼、周辺には…………
「……! ホーンタックル!」
俺は気づけばスキルを発動し、地面を蹴り出していた。
そのわけは…………
「サクラぁぁぁぁぁ!!!」
「っ……!」
俺は角が当たらないよう、サクラに体当たりした。
サクラはバウンドしながら盤上の外に吹っ飛んでいく。
ごめん、サクラ……俺、頭悪いから、こんな方法しか思いつかなかった。
「「ぢうううう!!」」
六体のモンスターと鬼。
それらに囲まれている。
四面楚歌。それがさっきまでサクラの置かれていた盤の状況だった。
そして今、俺を挟むように二匹のチュウリンが口を大きく開けて飛びついてきている。
きっと今から俺は……さっきのサクラみたいに身体を噛みちぎられるんだろうな。
嫌だなぁ、痛いのは。嫌になるなぁ、サクラを助けたことに後悔しかけてる自分。
大丈夫……痛いのは、慣れているから……大丈夫……。
そう言い聞かせながら、これから起こる惨劇を思い浮かべて……また泣いた。
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