人の顔した殺人鬼
堀と堀
第1話 ソフィー
人の顔した殺人鬼。
彼らは人と同じ姿で、私たちの中に潜んでいる。
◇
朝、家を出ると、車道に死体が転がっていた。
きっと夜中に家から引きずり出されて、ああやってめった刺しにされたんだ。
血だまりはまだ乾ききっていなかった。靴が汚れないように避けて通る。
学校に着けば、クラスメイトのアメリアが泣いていた。
きっと彼女の知り合いも、無残な目に会ったのだろう。
と思ったら、授業の五分前になってもニアが来なくて、私は「まさか……」と思う。
アメリアと彼女をなだめる友人たちの席へと向かう。
振り向いたアメリアの友人が「何?」と怪訝な顔をする。
歓迎されていないのが分かった。あまり人望はない私だけど『アメリアが泣いているこんな時に、なぜアナタが話しかけて来るの?』って感じ。
「ねえ、ひょっとしてニアが亡くなった?」
ニアの交友関係は知らないけど、器用な奴だからアメリアとも仲が良いのかも。
ちょっと緊張しながら尋ねた。
「……いや、アメリアの妹」
なんだ、よかった。ニアじゃなかった。
「なんだ、よかった」
「は?」
凄く眉をひそめられたので、急いでその場を立ち去ることにする。
「あんな失礼な女の子のことは気にしなくていいからね」
アメリアは泣くのに一生懸命で、私の失言も聞こえてなかっただろう。
そんなセリフを背中に聞きながら、自分の席に戻っていたら、
「あ、ニア」
丁度ニアが教室に入って来た。
だるそうに、パーカーに手を突っ込んだ。ドレッドヘアの──いつものニア。
「ニア生きてたんだ」
珍しく、教室で私に声を掛けられたニアは
「何かの皮肉……?」
と首をかしげる。先生が入って来たので、そのまま会話は終わって席に着く。
「ニア生きてたんだ」
「また……?」
昼休み、私たちは人のいない階段に腰掛けていた。
私はパンを、ニアは悪魔みたいにリンゴを一つかじっている。
「怒ってる? また私なんかした?」
「うん」
「何? どうせまたソフィーが勝手に機嫌悪くしてるだけだろうけど、一応聞いてあげる」
「身に覚えない?」
「うん」
「でもまあ、キスしたら許してくれる」
「何をしたかも分かってないのに?」
目をつぶって口元を突き出したら、「まあいいか」と軽く唇を当ててくれる。
「リンゴ味がするくらい、ちゃんとやって」
「反省点を教えてくれたらいいよ」
「んー……まだ私のお兄ちゃんを殺してくれてない」
「ツンデレブラコン」
「だから、私お兄ちゃんのこと好きじゃないって。大っ嫌い」
「お兄ちゃんって言ってる時点で、多分好きだよ」
「ニアお兄ちゃん、だーいすき」
「俺もソフィーのことが大好きだ」
「それはやめて。ニアからお兄ちゃんを感じたくない」
「ニアお兄ちゃんて呼ぶから」
「ニアが兄妹だったらいいのに。そしたら結婚できないか」
「出来てもしないけどね」
「反省点はねえ、私への愛が足りないところだよ。絶対的に」
ほっぺにキスされる。
「てきとー」
「好きじゃなかったら、もうとっくに殺してる。こんな面倒くさい子」
「こっちのセリフだよ。ニアなんて、ちょうむかつく」
「おーツンデレ」
◇
ソフィーのことを、ずったずたにしたくてたまらないけど、頑張って耐えてる。
耐えれてるのは、殺したい以上に、失うのが惜しいから。
それぐらい大好き。
だから──
「ニア」
廊下でアリーシャ先生に声を掛けられた。
その表情からして、悪い予感がする。
だって今日はまだ──
「ソフィー、殺されたって」
今日はまだ、ソフィーを見ていなかった。
ああ、やっぱり殺されたか。
「残念ね。悪いけど私、授業があるから行くね。ソフィーはまだ交番にまだいると思う。じゃあね」
手を振るアリーシャとすれ違う。
いつの間にか教室移動をする生徒もいなくなって、廊下には私一人だけだった。
無意識に、拳を壁に叩きつけていた。鈍い音、拳が痛む。
「くそっ……」
いつか私が殺すつもりだったのに。
最愛の、ソフィーを誰かに奪われるなんて。
その後、授業はサボって交番に行った。
安置所には、台の上に横たわったソフィーがいた。
体は思いのほか綺麗だった。胸に刺し傷がある。多分ナイフ。
……瞼は閉じられて、表情は安らかに見える。
涙が伝うより早く思ったのは、
ソフィーを殺したヤツを見つけ出して、グチャグチャにしてやる。
私の気が済むまで。
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