第34話 それぞれの結婚準備
季節は巡り、俺と陽菜、そして葵先生と隼人さんの二組のカップルは、それぞれの未来へ向かって具体的な一歩を踏み出していた。それは傍目から見ればどこにでもあるような、光に満ちた幸福な時間だったに違いない。しかしその水面下では誰にも知られてはならない巨大な秘密が、静かにそして着実に育っていた。
ある週末の午後。俺と陽菜は、式の準備に先駆けて始めた新居で、結婚式場のパンフレットを楽しそうに広げていた。
「うわ、健太君見て!このチャペルすごく素敵じゃない?ステンドグラスが綺麗」
「本当だ。でもこっちのガーデンウェディングも捨てがたいな。陽菜のドレス姿、緑の中で見たら絶対綺麗だよ」
「もう、健太君てば」
陽菜は嬉しそうに頬を染める。その笑顔を見ているだけで俺の心は温かいもので満たされた。俺の人生はようやく正しい道筋に戻ってきたのだと信じていた。
同じ頃、葵と隼人さんもまた、少しずつ大きくなっていく葵のお腹を気にかけながら、穏やかな時間を過ごしていた。ベビー用品を眺め、生まれてくる子の名前を考える。その光景は、どこからどう見ても、幸せな夫婦そのものだった。
そんなある日曜の夜、俺は陽菜と共に佐藤家の実家に招かれ、食卓を囲んでいた。隼人さんと葵先生も一緒だった。和やかな雰囲気の中、話題は自然と、俺たち二組の結婚式の話になった。
「いやあ、隼人も陽菜も、同じ時期に結婚とは、嬉しい悲鳴だなあ」
陽菜のお父さんが、ビールグラスを片手に、豪快に笑った。
「しかし、正直なところ、立て続けの式は、うちの家計には少々……ははは」
「お父さん、言い方が正直すぎますよ」
お母さんが窘めるが、その表情はどこか困り顔だ。
「でも、本当に……ねえ。隼人さんたちも、葵さんのお腹のこともあるし、あまり式を先延ばしにはできないでしょう?」
その言葉に、隼人さんが頷いた。
「はい。葵の体調が一番なので、できれば安定期のうちに、あまり大事にならない形で挙げたいとは思っているんです」
その会話を、陽菜は明るい笑顔で聞いていたが、ふと、何かを思いついたように、手をぽんと叩いた。
「……ねえ! それなら、お兄ちゃんたちと、一緒にやらない? 結婚式」
陽菜の、何の気なしの一言が、その場の空気を一変させた。
合同結婚式。
佐藤家の両親は、予算的な問題からその提案に乗り気になり、隼人さんも、葵の体調を考えれば合理的だと納得したようだった。
冗談じゃない。俺は、表面上は笑顔で皆の話に頷きながら、内心では絶叫していた。なぜ、人生で最も幸せなはずの日を、あの人と、そしてその夫と共有しなければならないんだ。俺が、陽菜への永遠の愛を誓う、その瞬間に。あの人が、すぐ隣にいる。その状況を想像しただけで、気が狂いそうだった。
ちらりと葵先生に視線を送ると、彼女もまた、完璧な笑顔の仮面の下で、顔面が蒼白になっているのが分かった。愛する健太が、別の女性と愛を誓う姿を、すぐ隣で見せつけられる。そして、自分は、健太の子をその身に宿しながら、その兄と夫婦になる。これほど残酷な舞台があるだろうか。彼女は、めまいがするほどの絶望を感じながら、しかし、これも自分が選んだ道であり、このお腹の宝物を守るための試練なのだと、必死に自分に言い聞かせているに違いなかった。
俺たち二人の内心の葛藤など、誰も知る由もない。陽菜と隼人さんの、純粋に輝く笑顔の前で、俺たちに「ノー」という選択肢はなかった。
「……いい、考えだね。そうしようか」
俺と葵先生は、互いに視線を合わせることもできず、ただ、その残酷な運命の決定に、同意するしかなかった。
俺たちの未来が、もはや後戻りのできない、一つの劇的なクライマックスへと、否応なく収束していくのが、はっきりと分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます