第12話 新たな取引


 シャワーヘッドから降り注ぐ熱い湯が、俺の火照った身体と、まだ混乱している頭を少しずつ冷やしていく。先ほどの失態。あの、あまりに情けない、子供じみた暴発。その恥ずかしさが、シャワーの湯気と共に立ち昇っては、俺の顔を赤く染め上げた。しかし、それ以上に俺の心を占めていたのは、あの失態を優しく受け入れてくれた早瀬先生の、母のような、あるいは女神のような微笑みだった。

 貸してもらった、少し大きめのTシャツとスウェットに着替える。ふわりと香る、柔軟剤の清潔な匂いと、その奥に潜む先生自身の甘い香りに、俺の心臓はまたしても不規則に脈打った。リビングに戻ると、先生はソファにゆったりと腰掛け、俺が来るのを待っていた。そのリラックスした部屋着姿は、教室で見るスーツ姿とは全く違う、無防備で、そして恐ろしく艶めかしいものに見えた。先ほどまでの教師と生徒という緊張感は、この部屋の甘い空気の中にすっかり溶けてしまっている。


 「さっぱりした?」

 先生は、悪戯っぽく微笑みながら、俺を手招きした。俺が恐る恐る彼女の隣に腰を下ろすと、彼女は俺の濡れた髪を、その白く長い指で優しく梳いた。その、あまりに自然な仕草に、俺はどう反応していいか分からず、ただ固まることしかできない。

 「……もう一回、する?」

 その言葉は、囁くように、しかし俺の鼓膜を明確に震わせた。一瞬、その意味を理解できずにいる俺の顔を見て、先生はくすくすと笑う。先ほどの失敗を取り返したいという焦り。そして、もっと彼女に触れたい、彼女の全てを知りたいという、抗いがたい欲望。俺は、まるで操り人形のように、こくこくと力強く頷いていた。

 「そう。……じゃあ、今度は、ちょっと大人のキスにしてあげる」


 そう告げると、先生の唇が、再び俺の唇に重ねられた。だが、今度のキスは、先ほどの触れるだけの純粋なものとは全く違っていた。彼女の唇が、俺の下唇を甘く食み、そして吸い込むように動き出す。驚いてわずかに開いた俺の唇の隙間から、信じられないほど柔らかく、濡れた舌が、するりと侵入してきたのだ。

 「ん……っ!」

 初めての感触に、俺の身体が大きく震える。先生の舌が、俺の歯列を丁寧になぞり、上顎をくすぐり、そして俺の舌に大胆に絡みついてくる。その巧みな動きに、俺は再び身体が芯から熱くなっていくのを感じた。キスの最中、先生の温かい手が、俺が借りたTシャツの裾からゆっくりと忍び込み、素肌を優しく、しかし確かな目的を持って撫で上げていく。そして、その手はゆっくりとスウェットの腰紐を緩め、すでに熱く硬く膨れ上がっていた俺のペニスへと、その指を伸ばしてきた。

 背徳感と、未知の快感。俺は、先生の巧みなリードに完全に翻弄され、なされるがままになっていた。


 やがて、先生は唇を離すと、その潤んだ瞳で俺を見つめたまま、ソファから滑り降りて俺の足元に膝をついた。そして、俺のペニスをその口に、ゆっくりと含んだのだ。

 「あ……、せんせ……っ」

 口内を満たす、信じられないほどの温かさと湿り気。そして、舌の巧みな動きが、俺の亀頭を的確に刺激する。俺の視界には、自分のために必死に奉仕してくれる、先生の上気した顔があった。その光景は、あまりに倒錯的で、官能的で、俺の理性の最後の糸を、いとも簡単に焼き切ってしまった。

 一度目の絶頂が、激しい痺れとなって俺の全身を駆け抜ける。

 朦朧とする俺の手を引き、先生は再びバスルームへと導いた。湯気で白く曇るシャワールームの中、先生は自らの服を脱ぎ捨て、その豊満な裸体を惜しげもなく晒した。そして、その柔らかく、巨大な二つの乳房で、まだ硬さを失っていなかった俺のペニスを、深く、深く挟み込んだ。

 「すごい……」

 肌と肌が触れ合う感触。胸の谷間に埋もれる快感。上気した肌と、潤んだ瞳で俺を見つめる先生の、女神のように艶かしい姿。俺は、二度目の、より強烈な快感の波に襲われ、完全に精を出し尽くしてしまった。


 全てを終え、リビングのソファで、麦茶の入ったグラスをぼんやりと見つめていた。俺の隣で、先生が優しく微笑んでいる。憧れだった。しかし、今は違う。この人は、俺が手に入れなければならない、唯一の女だ。

 「先生」

 俺は、決意を固めて口を開いた。

 「先生と、セックスがしたいです」

 その、あまりにストレートな俺の言葉を、先生は待っていたかのように、静かに微笑んで受け止めた。

 「いいわよ。……ただし、条件がある」

 新たな条件。それは、「次の試験で、国語、数学、理科、社会、そして英語。その五教科全てで、80点以上取ること」。

 あまりに高く、絶望的とも思えるハードル。一瞬、俺の心は怯んだ。しかし、先ほど俺の全身を駆け巡った、あの神のような快感を思い出す。あの快感を、もっと深く、もっと完全に味わえるのなら。

 「やります」

 俺は、一切の迷いなく、即答していた。

 「絶対に、やってみせます」

 その言葉を聞いた先生の唇に、満足そうな、そして全てを支配する女王のような笑みが浮かんだことを、俺は見逃さなかった。俺たちの「密約」は、この瞬間、新たな、そしてより困難な段階へと進んだのだ。

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