第1章 反乱アンドロイド銃撃業務 - 1
1. ここではないどこかへ
今年は異様に暑い夏で、毎日のように「熱中症警戒アラート」がスマホに送られてくる。
僕の手元にあるスマートフォンがブルっと鳴って、最大級に警戒をするようにと知らせてきた。うんざりする。スマホを手に取る。チラリとそれを見て、デスクにふせる。執務室の中は関節が痛くなるほどの冷房がかかっていて、温度差に辟易とする。
目の前のPCを見る。僕の相手をしてくれるのはこいつくらいで…部屋は静まり返り、時折キーボードを叩く音が聞こえてくるくらいで何も起こらない。
退屈に流されるように –– いつもの如く、なのだが –– ニュースサイトを巡回する。仕事は無い。デスクの上の書類箱には何も書類は入っていない。
ニュースサイトも、無尽蔵に見られるわけではない。インターネットにつながればいくらでもその世界は広がっているのだが、残念ながら僕が所属している東京都X市役所はインターネット接続を制限していて、許可されているサイトにしかアクセスできない。
あくびをしながら、ぽちぽちとキーを叩く。
係員達の白い目は承知している。僕の係は情報システム課庶務係で、仕事はいくらでもありそうなものだが、ある時から僕には仕事が回らなくなった。
どうやら、係長の機嫌を損ねてしまったらしい。
いいんだ。僕は、デモシカでここに座っているのだし、仕事があろうがなかろうが、席は用意されているし給料ももらえることになっている。
隣の席の係員から、投げるように回覧が回ってきた。
今時…2040年だぞ?本当に今時、紙の回覧が回ってくるなんて、僕には信じられない。パルプボードのバインダーに留めつけた紙の束だ。僕はそれを手に取る。
最初は、お叱りの言葉だ。どうもここのところ、職員達が副業に力を入れすぎていて、本業が疎かになっているということらしい。副業は最低限にして、本業に力を入れてほしいとのこと。
公務員に副業が許されるようになってもう15年やそこらは経っているのだから、いい加減諦めればいいのに…僕のように、本業中に副業の依頼が入るのを待っているのはどうかと思うけれど。
僕の副業は、アンドロイドの修理だ。街の中にアンドロイドが溢れかえり、各家庭に用途別に2体も3体もアンドロイドがいるというのに、修理業者の数はあまり多くない。
スマホがブルルと鳴る。依頼だ。今日も、本業の帰りに車でアンドロイドを拾う。家で夜に修理。僕にとってはこっちの方が本業で、…まあ、金になるかというとそうでもないのだが、やりがいはこちらで補完している。
もう一度あくびをして、回覧に目をやる。
あまり役に立っていると思えない労働組合の機関紙や、つまらない通知が挟まっている。
昇任試験開催のお知らせも入っている。僕なんかは一応、経験年数で言ったらそろそろ受けてもいいことになっている。
でも。
係長を見る。彼が僕を見る目は冷ややかで、係員もそれに倣っている。仕事が来ないから何もしないだけなのだが、彼らからしたら「仕事をやらない職員」なのだろう。それは、間違っていない。
36歳になる。役所の入職試験に、ギリギリの年齢で合格して、そこから7年が経つところだ。
その前に入っていたのは国内最大手の電子機器メーカー「大帝都電気工業株式会社」だったのだが…うつ病になり、会社を辞めた。その頃の記憶はほとんど無い。
そもそももう頑張る気など無かった僕には、今のこの立場はちょうどいいのかもしれない。
そして最後に回覧に入っていたのは「反乱アンドロイド銃撃業務従事職員募集のお知らせ」だった。
手が止まる。その紙をじっと眺める。
「反乱アンドロイド銃撃業務(熊撃ち)について、以下のとおり募集を行う」
添付資料を眺める。「取扱注意」と赤書きされている文書だ。内容的には…なぜそれが取扱注意なのか、よく分からない。
反乱アンドロイドと呼ばれる彼らが起こした事故について、書いてある。8年前に起こった火災が発端だ。
各家にいて仕事に従事しているはずのアンドロイド達が、なぜか持ち場を離れて野良化した時期がある。それが8年前。そのアンドロイド達が原因で、人が二人死ぬ事故が起きた。
「反乱アンドロイド」はそれ以降増える様子はないのだが、東京都内の決まった変電所に集まるようになった。
危険極まりないアンドロイド達を銃撃し、殲滅させることが目的の募集である。
「『熊撃ち』か…」
僕は…アンドロイドを直すことはやっても、壊すことはやりたくないなあ、と思った。
しかしそれと同時に、彼らの言い分を聞いてみたい気持ちにもなった。
何を目的として、彼らは「ご主人様」のもとを離れたのか…?
ふと。
胸がざわめく。
何かはわからない。でも、アンドロイド達のことを思うと、何やら心が穏やかでなくなった。…不安と、それに、もっと攻撃的な気分…怒りのような気持ちが綯い交ぜになって、僕を襲った。
「アンドロイド銃撃、か…」
僕の目はそこから離れられなくなって、そのままじっと考え込んでしまった。何を考えているのだか僕自身にもわからない。でも、何かそこに引力があって、引き込まれてしまったような気分になっていた。
自分の居場所はここではないどこか…そんな気がした。
この、いじめにも似た職場環境から逃げたかったのかもしれない。でも、それ以上に何か…
僕は、その回覧文書をパルプボードから抜いた。そして、こっそりとデスクの引き出しの中に入れた。
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