未だ見ぬ君へ
銀河空猫
恋愛編
第1話 きれいな人……
2028年11月3日
「――あああっ!」
サナは、絶叫しながら体を起こした。
全身から汗が噴き出ていた。
またあの夢――最悪の目覚めだ。
荒い息のまま自分の身体を抱き、身をすくめる。
まだ心拍を伝える電子音が聞こえるような気がした。
震えが止まらない。
あの場所での体験は、今もサナを蝕んでいた。
1分ほどして、呼吸が落ち着いてから枕もとのスマホを見た。
画面に出ているスケジュールで我に返った。
「……っ、ボランティア……初日!やばっ…」
胸の奥に残る夢の残滓を振り払えないまま、急いで用意をした。
*
午前の作業は、パンジーの苗の植え替えだった。
しかし、隣にしゃがむ女性は、言われた作業とは少し違うことをしていた。
例示されたのは、畝を作り、穴を掘り、苗を植える。
彼女は、畝を作る場所の土を深く掘っていた。
「……どうして、それやってるんですか?」
ぽつりとサナが問うと、彼女は手を止め、サナを一瞥して、にこっとした。
(きれいな人)
サナはそう思った。
「手を動かしてると、気持ちが動かなくて済むとき、ない?」
サナは、返事をしかけてやめた。
彼女の手が、軍手越しにサナのスコップを持つ手元をそっと包んだからだ。
ドキッとした。
「ここ、石が隠れてる。わかりにくいけど……これね、植える前にどかしてあげると、根が広がるんだって」
そういうと彼女はニコっとしながらサナを見て、「OK?」と聞いた。
どぎまぎしながら何度か頷くと、にこにこしたまま彼女は自分の作業に戻っていった。
(...なんだろう、この人、安心する...)
サナは黙って並んで土を均し続けた。
*
午前の作業が終わり、サナはペットボトルを片手に、建物の裏手にある小さなベンチに腰を下ろした。
誰かが使うには地味すぎて、少し傾いていて、でも風通しだけはよかった。
「……隠れ家みたいな場所、見つけるの上手だね」
声がして、ベンチの隣にさっきの女性が座った。
大きめの紙袋からタッパーを取り出して、ふたを開けると、だし巻き卵が顔をのぞかせた。
サナは、それをちらと見て、自分の昼食がコンビニのおにぎり1個なのに、ちょっとだけ肩をすくめた。
でも、彼女は何も言わず、卵焼きをお弁当のふたに2切れ載せて、黙って差し出してきた。
「いいんですか?」
サナは驚いた。
「なんとなく、ひとりで食べるより、わけたほうがおいしい気がしたから」
「…いただきます。」
ふたりとも、風に吹かれて昼食を食べた。
「私は、三浦ユカ、29歳。ここの活動は半年くらいかな。あなたは?」
「…芹沢サナ、25歳です。」
「やっぱ年下だった。ボランティア、なんで来てるの?」
サナは答えに困った。
思い出そうとしても、「生き直せって言われたから」以外の理由が出てこなかった。
代わりに、ユカが先に話し出した。
「うちね、祖母が田舎で畑してて。日本の田舎のおばあちゃんってのがぴったりの人だった。手ぬぐい頭に巻いて。
夏休みとかになると、帰省しておばあちゃんの畑手伝うのが楽しかったの。虫もいっぱい捕まえて。毛虫に噛まれて体中蕁麻疹が出たこともあったけど。」
「え、それ結構ヘビーですね。」
「そうね。1日くらいは寝込んだかな。
祖母はね、3年前に、畑で心臓発作で倒れて……そのまま」
ユカの声が少しだけ小さくなった。
「でもね、畑が大好きな人だったから。最後まで、好きなものに囲まれてたって思ってる。
……それで、なんかね、私もまた土に触りたくなって。ここ、見つけたの」
「…そうだったんですね。おばあさん…お気の毒です。」
「ありがとう。でも、もう三年前だし、受け入れてるから大丈夫なの」
「私は、知人に勧められて…私でも、人の役に立てるなら良いかなって思って…」
「……それって、十分すごいと思うけど」
ぽつんとこぼれたサナの言葉に、ユカが少し驚いた顔で微笑んだ。
「…あ、ありがとうございます。」
ほめられると思わなくて、上ずった声のまま、思わず目をそらした。
顔が紅潮するのを感じた。
「ここの作業どう、合ってた?」
「…まだ、ちょっと…わかんないです…」
「残念。同世代の友達出来ると思ったのに。ここって、年配の方が多いでしょ? だから、同じくらいの子がいると、なんかちょっとホッとするんだ。」
「…また来ます。」
「あぁ、ごめん、気に入ったらで良いの。私のことは気にしないで。祖母のおかげで、ここのお姉さんたちともうまくやれるから(笑)。」
「…すごい(笑)。」
そのあと、ふたりは天気の話とか、カラスにおにぎりを狙われた話とか、
誰が作業中に転んだかとか、ほんとにどうでもいい話をして笑った。
サナは、一日にあんなにたくさん笑ったのは、久しぶりだった。
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