シーン17 オディル

 前回と同じように防衛につく。僕とミラが一番で、すぐに他の獣人たちが集まってきた。彼らは不機嫌なのを隠そうともせず牙を剥き出しで唸っていた。戦闘前だから猛っているというより叩き起こされたせいだろう。

 麓には松明を掲げる敵の隊列が暗闇の中に見える。

 日中と違って数を計るのは難しい。灯りを数えれば概算は出せるだろうが、人数をごまかすための工作の可能性もある。多く見せるのも少なく見せるのも、どちらもあり得る状況だけに不測の事態への心構えはしておいた方がいいだろう。

「また変なタイミングで攻めてきたな」

 振り返ればあくびをするサリートがいた。

 代わりにミラの姿がどこにも見えない。

「夜襲は成功したか?」

「大成功でしたよ」

「だろうな。士気が高い」

「しかし、妙ですよね。何故敵は夜襲されてすぐに攻撃に出ようと思ったんでしょうか。まだ深夜ですよ。行軍には向かない時間ですよね」

「バレたら困るものでもあったんじゃないか。対策を取られる前に攻めた方が勝率が高いと踏んだんだろう。オディルは何か見なかったのか」

「僕は敵陣まで潜入しませんでしたからねえ」

 変わったことといえば、敵の数が思ってたより多そうに見えたくらいか。こちらが本隊から援軍を呼ぶ前に決着をつけようとしたということなら理屈はわかるが、それなら朝を待って攻めた方が安全に行軍できる。

「わざわざ夜を選んだか、朝までに攻撃しないといけない理由があるか。獣人のいるザラメルギスと違ってエイドに夜で有利になる要素はないように思うがなあ」

「……あ」

「どうした?」

「いえ、何でもありません」

 ファルナの言っていた明日の書のルール。明日の書は夜に書き換えが行われ、その結果は朝にならなければ知ることはできない。

 明日の書を持ったもの同士が戦えば局地戦が増えると考えていたが、大軍で一気に圧し潰す戦法が不可能になったわけじゃない。負けると予測されている戦場に兵を送り続ければ、いずれ戦力は逆転し、未来は覆される。

 奇策などではなく純粋な戦力での圧倒も可能なのだ。

 それが読めたからザラメルギスは夜襲で時間を稼ごうとし、エイドはすでに戦力はそろったと判断したから攻めた。明日の書が使えないからどちらも結果はわからない。

 ファルナが博打を打ったなら敵もより大きく勝負を張る。

 彼らから見た戦争は一体どんな形をしているんだろう。

「『予兆』は?」

「まだ半日は先です」

「なら、あんたは死なない。オディルが生きてるなら俺も死なない。今日も守りを引き受けてくれるんだろ。期待してるぜ」

「できるだけのことはやります」

 そう答えたものの『予兆』が遠いことには不気味なものを感じていた。

 先程の考えが正しければ、敵は前回のような様子見ではなく、本気の勝負を仕掛けてきている。僕が死なないなんてことがあり得るだろうか。

 『予兆』があるのは不安だが、危険な状況で『予兆』がないのも不安だ。

「来るぞ!」

 警告に麓を見た。魔術による一斉攻撃が始まる。前回と同じようにファルナの魔術防壁が展開され、炎の雨をかき消す。数分ほど魔術が降り注いだがひとつ足りとも地上には届かなかった。魔術が止んだのと同時に防壁も消える。

 そして、敵の前衛、重装兵がゆっくりと丘の上を目指して歩いてくる。

 前回の何も変わらない。

 そう思ったのはこの瞬間までだった。

 森の奥の方で何かが光った。何かは風を切る甲高い音と共に飛んできた。

 それが魔術によって生み出された大きな土の槍だとわかったのは近くの土壁のひとつに命中し、粉々に打ち砕いて地面に突き刺さったからだ。

「おいおい。こいつは本気だぞ」

 土煙の臭いに恐怖を覚えたのは初めてだった。

 森からの攻撃はその一射を皮切りに数を増やす。土だけではなく、魔術で射出された鉄の槍まで束となって飛来する。

 頭上に再びファルナの防御魔術が展開される。

 それだけなら星を氷に閉じ込めた幻想的な光景だ。だが、鉄の槍が降る。大部分は防ぎ切ったが、先程よりも薄い氷の防壁はいくつかの槍に貫通される。落ちてきた槍は地面をえぐり、あるいは土壁を破壊した。

「まずいな」

 珍しくサリートにも焦りが見えた。

 丘の下の様子も前回とは違う。丘を登るのは重装兵だけではなく、その後ろに魔術兵がぴったりと張り付いて戦線を押し上げてきている。

 ケンタウルスの弓を重装兵が受け止め、反撃の魔術が乱れ飛ぶ。近い距離から放たれる魔術は脅威だった。土壁にはヒビが入り、そこを重装兵の持つ大きな鈍器によって破壊する。

 もちろん、ウルガルたちが黙っているはずもなく攻撃に移る。

 しかし、一対一で相手をすれば優勢だった前回とは何もかもが違う。敵は重装兵に魔術兵が必ずひとりは援護に付く。隙を狙っても魔術の横やりが入ると致命傷を入れられない。逆も同じだ。前衛と後衛がカバーしあって、どこも攻めあぐねている。

 敵が隊列を維持しているおかげでサリートのいる後方まで詰めてこない。僕はただ剣を握り締めてウルガルたちの戦いを見ていることしかできなかった。

 またひとつ、森からの遠距離魔術が土壁を砕く。

「防衛ラインを下げるぞ!」

 ウルガルが叫ぶ。

 味方の弓の一斉射に合わせて魔術でぐちゃぐちゃになった前線を捨て、後退する。そこにはまだ無傷の土壁がいくつもあり、態勢を立て直すことができた。

 上を見ればまだファルナの防壁は健在だ。

 しかし、薄くなっているようにも見える。ファルナが天才的な魔術士といえども魔力には限界はある。いつかは魔術防壁もなくなってしまうのではないか。

 恐ろしい想像を頭を振って追い払う。

「森からの攻撃がまずい」

 魔術を連発し、肩で息をするサリートが息も絶え絶えに言った。

 水筒を口に当てるも、指先の震えでこぼしてしまう。

「あれはエイドでも最精鋭の魔術士部隊だ。ああも一方的に攻撃されちゃファルナ様が持たない。すり潰されちまう」

「しかし、こちらから攻撃する手段がありません」

 ケンタウルスの弓だって届きはしない。

 丘の上から遥か遠くの本隊が狙えるのだからこの丘を森の奥から狙えるは考えてみれば当然のことだった。

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