第3話

「それで......何とか助かったのは良いんですけど。その、一体どういう状況なのでしょう?」

 薄暗く照らされた、自然生成された岩ばったホールのような空間で、コハクはポツリと問いかけるように呟いた。

 だが、誰も答えるものはいない。


「あ......ッぐうッ、いい加減に......クソッ」

 しかし、それはその場に誰もいないということを意味しない!

コハクの眼前にはズタボロにされて踏みにじられたガラの悪そうな男と

「ねえ、なにやってるのさ!」

頭にズタ袋を被せられて、手足を縛られた女性。


 そして、ガラの悪い男を踏み付けながら、突然落下してきた魔法少女のような衣装を着た配信者をジッと睨みつけるボロボロの黒い外套を纏った男がいた!


睨月幻撹ルナティックアイ】の能力によって強大なガーディアンを相手に戦ったは良いが、怪物の攻撃によってダンジョン洞窟が崩壊して下の階層に落下、幸い大きな怪我も無くガーディアンからも逃れられたものの、結果としてこの混沌とした状況にコハクは突き落とされることになったのだ!


「......何者だ?」

 ボロボロの黒い外套を纏った男が、注意深く尋ねた。

「私は......スカイピアー社所属のルナーグレアです。その、何をなさっているのですか?」

この状況をイマイチ呑み込めていない彼女は少しズレた質問をした。


「お前には関係のないことだ。さっさと失せろ。」

 冷たく言った死神の顔は、フードに隠れてよく見えないが、殺意にぎらぎらと輝く恐ろしい瞳が、コハクをまっすぐ睨みつけているのが分かった。その姿に、コハクは視聴者が語った死神の噂を想起した。


「おい!そこの女、オレを助け.....グワーッ!?」

「黙っていろ!」

 死神は踏み付ける足に力を入れて男を黙らせる。

「あの、ちょっと何が起きているのか分かりませんが暴力は......」

「お前には関係ないと言ったぞ!」

「ひえっ!?」


 先ほどまで、コハクの網膜に騒がしいコメント欄を投影していた、コンタクトレンズ型デバイスは、今は通信圏外表示と彼女のバイタルサイン、「極度緊張状態」のみを映していた。

 どこまで落ちたのか分からないが、今のコハクは、完全に孤立無援だ!


「ですがその、そういう訳には......「この俺から目を逸らしたなバカが死ねい!!アガッ!?」

 しかし、恐怖を堪えて尚もコハクが食い下がろうとしたその時、足蹴にされていた男が死神の一瞬の隙をついて、腕から隠しブレードを伸ばし、斬りつけようとしたその瞬間、死神の手がブレた。


 コンマ数秒もない一瞬の出来事だった。足蹴にされていた男は、ブレードごと首を切断されて即死した。コハクが何かする暇もない、一瞬の出来事だった。

 死神は深く息を吐いて残心すると、男から足をどけて手際よく男の転がった生首を布で包んで腰に下げた。

「あ、ああ?」

 コハクが呆然とするのも構わず、死神は無造作に縛られた女性を左肩に担ぎあげた。


「あれ?もう勝ったの?」

「良いからお前も黙れ。」

 コハクは、抱え上げられた女性の呑気な声で正気付く!

 これがどういう状況か、彼女には理解できないが、あからさまに犯罪の匂いがする以上、コハクに見逃す選択肢はない!憧れのゴッドスピードなら止めるからだ!

 

 そして、驚くべきことに立ち去ろうとする死神の前に立ち塞がったのだ!

「ま、待ってください!アナタのその......殺人と誘拐行為は見過ごすことはできません!」

「何?誘拐だと?これは.......チッ」

 うんざりしたように舌打ちして言葉を区切ると、進路上のコハクに向かって、恐ろしい殺意に目を輝かせながら悠然と歩みを進める!


「な、何をする気ですか?」

 突然無言で距離を詰め始める死神に対し、慌ててハルバードを構える。だが彼は武器に怯むことなくゆっくりとボロボロの袖口から右手を伸ばし......

 ガッ!と何かを掴んで止めると、コハクの首元を風が撫でた。


 咄嗟にコハクはその場を飛び離れ、攻撃者を振り返る!そこにいたのは、錆びた鎧に錆びた盾、そして錆びた剣を装備した恐るべき四つ足の怪物ガーディアン!

「まさか、ここまで追ってきたのですか!?」

 そう、一度狙った獲物が崩落に巻き込まれて下に落ちた程度で追跡を諦める程度の半端な相手ではない!


「.......面倒ごとを。」

 男は煩わし気に首を振ってコハクを睨むと、左肩に縛られた女の人を担いだまま、ガーディアンと力比べのように剣を握りしめながら、断固として宣言した。

「まあ良い。まずは、コイツを殺してからだ!」


 ――――と言う感じで、今に至る。


「はッ!......ウワッ!?」

 長い回想を終えた彼女の目前に、グリムリーパーの蹴り飛ばしたガーディアンの大きな生首が迫り、咄嗟にハルバードで弾き飛ばした!

「ホームランってか?うえッ......」

 隣の三十代前半と思しき女性が、顔を青くしたままぼんやりと呟いた。グリムリーパーと言う聞き覚えの無い不吉な名前は、彼女が漏らした恐らく彼の探索者としての名だ。


「終わったぞ。」

 気付くと、彼は目の前に立っていた。

「それは良かった......いやあ、ライフクさんも今回こそはダメかと思ったよ。」

「いいから行くぞ。これ以上の長居は無用だ。」

 再び彼はライフクと言うらしい女の人を左肩に担いだ。


「これ外してくれても良いんじゃないかなあ?」

 ライフクは未だに縛られたままの、両手を差し出して言った。

「お前をダンジョンで自由にさせると何をしでかすか分からん。」

「それは酷くない?ねえ、キミも何か言ってやってよ。えっと......誰さん?」

「あ、ルナーグレアです。」


 ちなみに、探索者がこのように、本名とは別の名前を持つ理由は、ダンジョン内で本当の名前を名乗ると死ぬからだそうだ。私も、知り合いにも試したことがある人はいないから真偽のほどは不明だ。


「そうルナーグレアさん。で何だっけ?」

「私はその、ダンジョン内では非探索者の方は、探索者に従うべきかと......じゃなくてですね!私、中層十二階からここへ落ちてきたんです!」

「それはもう分かってる。そして、お前があの怪物を連れてきた。」

 グリムリーパーはぶっきらぼうに言った。

「それは......ありがとうございます。お陰で命拾いを。」


 居た堪れない気持ちで、コハクが頭を下げると、そのタイミングで、変身が解除されて魔法少女衣装が光に還り、元の少し華に欠ける恰好へ戻る。

「......お前、ダンジョン配信者だな?」

「そうですけど......?あ、えっと私こういう者です。」

 力の抜けたコハクは、咄嗟に懐から名刺を取り出してグリムリーパーに二枚渡した。彼と、ライフクの分だ。しかし、彼は受け取った名刺を何も言わずにライフクのポケットに突っ込んだ。


「それで、そのどうすれば上に戻れるのか貴方は知っていますか?」

「......ああ、ここら辺はそれなりにが多い。ここへと続く洞窟にある標識をたどれば、正規のルートに戻れる。」

 グリムリーパーは意外にもあっさりと答えてくれた。態度こそ冷淡だが、見た目ほど悪い人では無いのかもしれない。と思ったが、彼の腰にぶら下げられた生首入りの袋を見て、それは無いと思い直した。


「ま、ここは一応下層域だから、B級のキミは気をつけて帰りなよ。」

「あ、はい...ありがとうございま、した?」

 楽しげに言うライフクと、グリムリーパーに軽く頭を下げて感謝の念を伝えて顔を上げたとき、二人は消えていた。薄暗く照らされた空間内の、どこを見渡しても二人は見当たらなかった。


 何らかのスキルか、単にグリムリーパーの身体能力の賜物か、狐に化かされたような気分だった。

 ただ、無残に横たわるグリムリーパーに殺された男の死体と、ガーディアンの残骸は確かにそこにあり、死神の存在を証明していた。


「一体、なんだったのでしょう?」

 コハクは一人そう呟いたが、おおむね察しはついていた。彼はスターフラッシュを助けた死神で、そしてモグリの探索者だ。


 そしてこの場所、コンタクトレンズによって網膜投影されたデータには「位置情報不明」の文字。

 恐らく、ここは企業にも行政の探索者にも見つかっていない未探査領域なのだ。そして恐らくは......コハクは首の刎ねられた男の死体を見る。


 視聴者が書き込んだ、ダンジョン内で行政の監視を逃れて悪事を働く反社会勢力のコメントから照らし合わせて考えると、彼はそういった悪事を働く者たちの一員だ。コハクは何気なく彼の死体を漁るが、探索者ライセンスも名刺も見当たらない。


 そしてライフク、彼女はグリムリーパーの知り合いであり、何らかの事情があってこの場所へ連れてこられた所を、彼が助けに来てあの男を殺したのだろう。


 何が起きたかの結論は出た。が、結局のところあの二人の事は良く分からなかった。モグリの探索者としてダンジョン内で誰かを殺したり、助けたりする理由は何なのか?

 しかし、これ以上考えても栓の無いことだ。都市伝説の死神に、偶然命を救われた。今はそれで十分だ。


 彼と、この場所の事は後で無事に戻った時に考えよう。

「取り敢えず、早くここから離れないと。」

 ライフクが言っていた通り、コンタクト端末の深度表示は640メートル、ここは下層域だ。B級探索者のコハクが何の備えもなしにいて良い場所ではない。

 グリムリーパーの言うことが正しければ、道沿いに行けば帰れるとのことだが...


 ピーピーッ!「うわッ、なんですか!?」

 コハクが歩き出そうとしたその時、突然けたたましいアラート音が響き渡る!

 コハクはこの音に聞き覚えがあった...確か、ドローンが身動きが取れなくなった場合に救出することを持ち主に求める音!


「すっかり忘れてました!今助けますからちょっと静かにしてください!モンスターが来たらどうするんですか!」

 気の利かないドローンに文句を言いながら、自分の落下跡へ駆け寄ったコハクは、崩落した石やら岩やらに挟まれた撮影用ドローンを急いで救出した。


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