第2話

 ―――さて、それが起きたのは私、月光コハクが【第一東京ダンジョン】の中層第十二階で配信していた時だった。

 ここは、スカイピアー社が探索権を有するダンジョンの一つで私達、特別社員こと所属する探索者たちの仕事は、ここの探索に参画する他の企業よりも先に、エーテニウム鉱石の鉱脈を見つけることにある。


 なのに配信なんてしてる暇があるか?と言われることもあるが、心配は無用。コハクにとってダンジョン配信は業務の一環なのだ。

 勿論探索者としての仕事もこなしているし、配信者でない探索者には舐められているが、ダンジョン配信の利益はエーテニウム採掘利益と比べると確かに少ないけど、娯楽業界への影響や、企業イメージアップなどは馬鹿にならない。


 そのため、スカイピアーのダンジョン配信者になるには、自分で言うのも何だけど厳しい審査をパスできるほど優秀である必要があった。


「まあ、それはそれとして、A級探索者へ昇級することが、今は当面の目標なんですけどね......」

 八角形ドローンカメラに向かってコハクは言った。今、彼女はモンスターを数体狩り、休憩がてら視聴者と雑談に興じている所だ。


 今の彼女の姿は、黒ぶち眼鏡をかけ、パンツスーツの上にプロテクターを装着した実用的で動きやすいが、ダンジョン配信者らしからぬ少々地味な格好だ。      

 ただこれは、単に実用性を意識しただけでなく、ある種の布石だ。


 配信者の中には、淡々とダンジョン攻略の様子だけを見せるものもいるが、私は視聴者との交流や魅せる演出というものを大事にしたいタイプなのだ。

 ゴッドスピードがそうだったからだ。


 :そこまで慌てて昇級目指すことも無いんじゃない?応援はするけどさ


 :無茶して事故らないでね


 :スターフラッシュのこともあるし...


 コンタクトレンズ型ディスプレイに投影された視聴者コメントは応援半分、心配半分と言ったところだ。

「あーそう、スターフラッシュさん。かなり大変な目に合ったようですね......」

 彼女はコハクと同じ、スカイピアー社所属のダンジョン配信者で、一年前に入社した先輩の名前だ。


 スターフラッシュとは結構仲が良く、この前はコラボ配信もした。しかし彼女はつい先日、中層での配信中に死にかけたのだ。

「本当に、命が助かってよかったですね。」

 スターフラッシュはコハクと同じB級探索者であり、A級探索者となってから挑戦を許される下層のモンスター、ミノタウロスに襲われて、命が助かったのはかなり幸運と言えた。


 :コハクちゃんも気を付けなよ


 :ミノタウロスが出た階より下にいるんだから


「分かってますよ。私の死に様なんて需要無いですし......それでですね、心配になってスターフラッシュさんのお見舞いに行ったんですけど、人と会うのが怖いそうで面会謝絶だったんですよね...」


 :まあ、あんな思いすればね

 :死神を見てトラウマになったて話も聞いたけど

 :なんだそりゃ


「死神ですか?」

 コハクは訝しんだ。ダンジョンは常に死と隣り合わせだが、死神という言葉は聞き慣れない響きを帯びている。


 :なんか配信中に変な奴が現れてミノタウロス瞬殺してスターフラッシュを助けたって噂。


 :ま、どこも名乗り出ないし、嘘っぽいけどね。


 :俺、配信見てたけど何も見えんかったよ。確かにやばい感じはしたけど。


「なんというか、都市伝説みたいですね。」

 コハクは眼鏡をぐいと上げて言った。


 :まあ無許可でダンジョンに潜ってるの探索者の可能性もあるね。


 :最近無所属でダンジョンに潜る奴が増えてるから。


 モグリ......政府や企業所属でないにも関わらず、モンスターを密漁したり、貴重なエーテニウム鉱石を盗み出すために無許可でダンジョンに入る違法探索者の事だ。

 近年は、警察の監視から逃れ、違法取引を行う場所としてダンジョンを利用する反社会勢力の動きもあって、モグリの探索者は増加しているという。


「ですけど、どこにも所属せずにダンジョンで窮地に陥ってる人を助けるだけの探索者と言うのもなんだかロマンがありますね。」

 コハクは立ち上がりながら言った。休憩は終わりだ。


 しかし、モグリか......ダンジョンのような未開のフロンティアでも、悪事を働こうとするものが現れるのは、人類の悪い癖だろう。

 違法探索者、気掛かりではあるが、仮に遭遇しても企業所属のダンジョン配信者に仕掛ける者はそうそういないはず。企業の力は強大、スカイピアーは特にそうだ。


 とはいえ、用心に越したことは無い。ダンジョンではいくら用心しても足りないのだから。



 ――――――――



 ―――「ふう、この階層のモンスター相手にもそんなに苦戦しませんでしたね。」

 数十分後、コハクは今倒したモンスターに止めを刺しつつ言った。

 モンスターの駆除も、探索者の仕事の内であり、探索者は通常、駆除した証拠に指定の部位を持ち帰る必要がある。


 しかし、ダンジョン配信者はその様子を映像に残しているのでその必要は無い。手間が一つ省ける形だ。

 さらに、モンスターの駆除は昇級条件の一つだ。A級昇格を目指すなら、中層階のモンスターを200体駆除し、中層階に200時間滞在する事が求められる。


 とはいえ、階層の指定はないので、比較的楽な上の階層で稼いでも良い。だが実力不足の者は、昇格する上で最後の壁として立ちはだかる、現役A級探索者との模擬戦で躓いてしまうだろう。

 滞在時間の条件と、モンスターの駆除数については、近いうちに達成できる。


「なので、今のところはモンスターよりも試験で戦うA級の人との戦いについて考えないとですね。」


 :っても、試験に選出されるA級探索者はランダムだしなあ


 :S級昇格間近な奴もいれば、B級とそんなに変わらんのもいるから、対策のしようがないのよな


 :できるだけ弱い奴に当たるよう祈っとくわw


「祈ってもらえるのはありがたいですけど、できるだけ戦いがいのある方が私は良いですね......」

 コハクにとって、A級探索者になるというのは、所詮過程にすぎない。目指すはS級、ゆくゆくはゴッドスピードを越えて見せるのだ。

 過程に手を抜いては、求める結果は得られない。何事も全力で当たってこそだ。


 探索者としても、ダンジョン配信者としても本気でやる。それがコハクのモットーだ。決意を新たに次のモンスターへ......

「おっと!?」

 向かおうとした次の瞬間、彼女の第六感が警告を発し、コハクは咄嗟に飛び退いた。


 そのコンマ1秒後、コハクのいた場所に槍が突き刺さった。ドローンが遅れて彼女に追従して動いた時、は既に身を隠すのをやめ、次の行動に移る!

「キシャアアッ!」

 威嚇の叫びと共に現れたのは、全長2メートル以上はあろう上半身が人間の女性、下半身が蛇の怪物、ラミアであった!


 身を翻して、コハクは鉈めいたナイフで槍の突きを弾き、距離を取る。

 ラミアは高い隠密力と身体能力を持ち、武器を利用する上に、蛇のような変幻自在な動きで相対した探索者を苦戦させる恐るべきモンスターだ。


 主な出現場所は中層だが、A級探索者をも苦戦させるラミアは、B級のコハクが単独で挑むには厳しい相手だ。

「それならば、私も本気を出す必要がありますね!」

 だが、コハクは不敵に笑い、腰に付けたポーチバッグから黄金色の宝石のブローチを取り出した!


 :お、やるのか


 :待ってました!


 :変身だー!


 「クリミナスピネル・イエローシフト!」

 コメントが盛り上がる中、コハクはポーズを決めて叫ぶと、ブローチが突然光を発し、薄暗いダンジョンを照らしてラミアを怯ませる。


 光が晴れると、そこには地味で実用的な服装ではなく、動きを阻害しないスカートの短い純白のドレスに、金糸を織り込んだ美しい装束を纏い...

迷宮ダンジョン照らす月の輝き、ルナーグレア!」

 ポーズを決めて名乗りを上げるコハクがいた!


 :キターーーーーー!

 :ちょっと目に悪いいつもの奴

 :可愛いヤッター!


 コメントの様子を確認し、ルナーグレアは満足げに小さく頷いた。

 少々地味な格好から、華麗な衣装に変身するこのパフォーマンスは、彼女が子供のころ毎週欠かさず見ていた、今や衰退したアニメ文化の魔法少女をイメージしたものであり、これが視聴者の心を掴み、短期間で人気を集める事に繋がったのだ!


 そして何より、これはコハクにとって本気モードだ。故に......

「シイィッアァッ!!」

 体勢を立て直し、槍を構えて突進してくるラミアを、ルナーグレアが見据えると、ドレスの胸元の宝石が妖しく光る。


 すると、彼女の白い手袋に包まれた手の中に巨大なハルバードが出現!

「グアッ!?」

 突然の武器出現に対応できないラミアの胴体を、ハルバードの巨大刃が真っ二つに両断すると、ラミアは爆発四散した!

「ふッ......この程度では肩慣らしにもなりませんね!」

 彼女は最大限の力を発揮することが出来るのだ!


 とはいえ、この形態は衣装も武器も、自身の【魔力】で組み上げる為、体力の消耗が激しくなるという弱点もあった。

 ただ、あまり大盤振る舞いしないからこそ、視聴者たちの盛り上がりも最高潮に達する!


「ふふん、今日はここからが本番ですよ!皆さん決して私から目を逸らさないでくださいね!」

 ドローンカメラに向かって、得意げに言った彼女は、魔法少女形態が持続するうちにモンスターを狩れるだけ狩るために、駆け出そうとした......その時!


「ッ!?」

 ルナーグレアは異様な気配を感じ取った。より危険な、ラミアとは比較にもならない。突如動きを止めた彼女を訝しむコメントが視界の端にちらつく。

 パフォーマンス直後の熱気を冷ますように、感覚を研ぎ澄ませ......次の瞬間!


「やあッ!!」

 ガキィンッ!聴覚が捉えた風切り音に対し、瞬時にコハクが背後に向かって振りぬいたハルバードが、何らかの金属と衝突した凄まじい音がダンジョン洞窟内を反響する!


「な、これは......?」

 反動で後退しながら相手の姿を確認し、ぽつりと呟いた。

「モンスター......なの?」

 その姿は異様だった。右手に錆びた不気味な古い剣、左手には中心に傷つき曇った丸い鏡の嵌められた丸盾を構え、これまた錆びた古代鎧を纏った大柄の武者。だが、その下半身は異形であり、足が四つあった。


 視界の端でコメントが、ガーディアン書かれているのを見た。

(ガーディアン!?嘘でしょ.......)

 それが間違いないのは、彼女も分かった。

 ガーディアンとは、ダンジョン内でのみ出現する、強力なモンスターの事でその姿は滅多に目撃されず、遭遇した探索者で生き延びた者が少ないことから、情報は多くない。


 先ほどの変身パフォーマンスは、派手な分モンスターの注目を集めやすい。にしても、随分な怪物が釣れたものだ。

 ガーディアンの目撃情報は下層以降のエリアに集中しており、中層階で出現するというのは前代未聞だ。

 あるいは、不幸な遭遇者は皆殺しにされたから、目撃情報が存在しなかったのかもしれない。


「ですが、私は死ぬつもりありませんよ!何せルナーグレアですから!」

 驚愕と絶望を押し隠して、彼女はそう言って武器を構える。互いに見合う中、撮影用ドローンが邪魔にならないよう移動するのに反応し、恐るべき怪物がルナーグレアへ襲い掛かる!

 ガーディアンは凶悪な錆びた剣を振るい、した!


 ドローンはその様子を鮮明に捉え、視聴者コメント達が阿鼻叫喚の様相を呈するのを、ルナーグレアはおかしく感じた。

 手ごたえを感じず、首を傾げるガーディアンへ、コハクは斬りかかった!


 しかし、彼女は確かに剣に体を切断されたはず!一体何故彼女は生きていられのか?

 答えは彼女が持つ能力スキル、【睨月幻攪ルナティックアイ】にある。これはコハクが探索者となった際に得た、彼女が目視した相手に幻覚を見せる危険な能力である!


 普段は先ほどラミアを爆散させたように、配信者としてパフォーマンスを行う際に活用されるが、こと戦闘において、この能力は敵を撹乱し、容赦なく凶悪な牙を剥く!


 両断された方のルナーグレアの幻の体が、遅れてガーディアンの目の前で大量の紙吹雪を伴って爆散し視界を奪った!

「だりゃあああああーッ」

 気合を込めて、ガーディアンの隙だらけの胴体に思いっきり刃を叩き付ける!今の一撃は確実に入ったと確信するほどの技の冴え!


「う、ぐッ!?わッ!?」

 しかし!彼女の腕に帰ってきたのは、敵の肉体を破壊する感触ではなく、硬い物を思い切り殴ったような重たい衝撃!

「な!?」

 ルナーグレアは驚愕した、確実に入ったと思った一撃は、ガーディアンの盾に防がれていたのだ。


 しかし、この衝撃は単に盾を殴っただけにしては強烈すぎる!

「まずいッ!?」

 体勢を立て直せない中繰り出された剣の一撃を、かろうじて回避した彼女を、怪物が睨んだ。


「ご、ごめんなさい。ちょっと厳しいかもです?」

 錆びた鎧の奥から凄まじい殺気を発し、四つの足を鳴らした怪物に対し、ルナーグレアは既に絶望的な面持ちで、視聴者に謝り、武器を構えるしかなかった。

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