第1話

 ダンジョンが出現して、もう十年経った。


 その年は、石油資源の枯渇が間近に迫り、世界各国間の緊張状態が高まる中、世界各地で天災が立て続けに発生して、大きな被害を出した。

 そうした悪いことが沢山起きて、その極めつけにダンジョンが出現したのだ。


 大きな地震を伴って、世界中に現れた128のダンジョンは、殆どが人類の生活圏があった場所に出現し、まずこの時点で大勢の死傷者、行方不明者を出した。

 そして、その災害を生き残った人々は、より恐ろしい物を目にする事となった。


 地に空いた大穴から、異形の森から、未知の遺跡から無数の怪物が溢れ出す瞬間を。


 まだ幼い私は、ど真ん中に半径20キロメートルの世界最大規模のダンジョン入り口が出現した杉並区のすぐ隣、世田谷区に住んでいて、出現の余波で発生した大地震が、首都圏全体の機能を停止させた混乱の中、突然モンスター達に襲われた。


 そんな中を、非力な小市民だった私と両親は逃げ惑い、辛うじて持ち出した防災セットのラジオから、放送をジャックした終末カルトが、人類滅亡の日が訪れたのだと煽り立てた。


 幼い私は、自分の大切な家族が友達が、みんな死んでしまうのだと涙を流して怯えた。

 だが、そうはならなかった。私たち家族がやっとの思いで辿り着いた避難所に、モンスターの群れが襲い掛かった時、奇妙な男の人が現れて、一人で群れに立ち向かい、蹴散らし、避難所を守った。


 その後、世界中で次々と彼のような超常的な力に目覚めた人たちが現れ、終末の滅びから無力な人々を守った。

 一説にはこのとやらは、ダンジョン出現の影響を受けたとかなんとか、私には詳しくは分からない。


 それから二年。次第に日本の行政機関も何とか機能を回復し、国内の混乱を収束させた。

 その時になってようやく分かったのだけれど、日本以外の大陸ではタガが外れたように複数の大国が混乱の最中に戦争を起こしていたそうだ。

 誰が、何の為にそんなことをしたのか、それを知る者は誰もいない。


 結果として、外の世界は疲弊した国家に代わり、積極的に超常者を取り入れ力を付けた巨大企業や犯罪組織、新興カルト、あるいはダンジョンから溢れ出した怪物が支配することで混乱を収め、新たな勢力となった。

 イギリスと日本のように、元の国家が残ったのは、ほんのいくつかの地域のみ。


 そんなこんなで、ようやく世界情勢が落ち着いた頃に、ダンジョン周辺で発見された青く輝く奇妙な石に注目が集まり出した。

 それは【エーテニウム鉱石】と呼ばれ、ダンジョン内部とその周辺にしか存在しないが、枯渇しつつあった石油やウランに代わるエネルギー資源となり、なおかつそのエネルギー効率は従来の物より優れていた。


 この大発見は、世界中の勢力が大勢の人員、更には超常者を投入し、広大で危険な異常溢れるダンジョン探索に乗り出し、開拓を進める一大ムーブメントに火をつけた。


 とはいえ、油断ならない世界情勢の中で、日本政府は危険なダンジョンに大勢の人員を送り込む事を嫌がった。

 そこで、ダンジョン探索を企業に委託することで、国防に専念しつつ、ダンジョン探索を進めることにした。


 これは結果的に企業に大きな力を与えることに繋がったが、なにはともあれ採掘された大量のエーテニウム鉱石によって、復興は加速し、むしろ災害以前にまして栄えたようにすら思えた。


 世界は大きく変化し、変化は混乱と新たな戦火を生み出したが、ひと先ず一般庶民の暮らしは以前のように落ち着いた。

 しかし、そうなると娯楽が欲しくなるのが人間というもので、変わり果てた世界の中で、人々は安らぎと楽しみを求めた。


 だが困ったことに、ダンジョン出現以降の混沌の期間は多くの物を奪っていった。アニメ、漫画、ドラマ、映画、ゲーム、小説、TVプログラム......

 監督や創作者、脚本家に俳優や声優の死、あるいは機材や道具の喪失、製法やそのノウハウの一部はロストテクノロジーと化した。


 もちろん、それらが完全に失われたというわけではない。だが、確かに日本の娯楽文化は大きく衰退してしまった。

 そんな中で、海外の巨大企業の手によって息を吹き返したインターネットは、新たに人類の主要な娯楽となった。

 動画投稿や配信者たちが、人々に日々の楽しみを与えたのだ。


 そんな中、特に人気を博したのは、ダンジョン配信というジャンルだった。

一般人は通常訪れることの許されない、モンスター溢れる脅威の地の姿、今や【探索者】と呼ばれるようになった超人たちの華麗な戦い、優れたルックス、軽妙な語りを届けるダンジョン配信は人々の心をつかんだ。


 中でも有名だったのは、国からダンジョン探索を委託された内の一社で、更には娯楽業界をリードする【スカイピアー社】所属の【ゴッドスピード】という配信者だ。

 彼女は、最初期のダンジョン配信者でありながら、探索者としてもS級の腕前を持ち、またその人当たりの良さから来るカリスマ性や高いユーモアセンスで人気を集め、私も彼女に魅了された。


 そして、なんとこの私も数か月前、十九歳の誕生日に覚醒して探索者となり、憧れのゴッドスピードが所属するスカイピアーへの入社が決まった。

 しかし、とさっき言ったように、入社した矢先、ゴッドスピードは

 ダンジョン探索には危険がつきものだが、彼女のようなS級の実力者が死亡することは極めて珍しく、世間に衝撃を与えた。


 しかし、悲しみに暮れている暇は無い!大物が居なくなれば、その後継を狙う物が現れる。

 今、まさに次世代のゴッドスピードとならんと大勢のダンジョン配信者たちがしのぎを削りあう時!

 当然私も、憧れていたスターに追い付く......否、追い越すためにこの流れに乗る!


 と言うわけで、今日も今日とて配信を行いながら、ダンジョンの攻略を行っていたのですが......



 ―――――――――




「ああ......これは、一体?」

 私、ことダンジョン配信者の【月光コハク】は、それを呆然と見つめることしかできなかった。

 確かに、私はスカイピアー社B級探索者としてのライセンスを持つに相応しい、確かな実力を持つと自負している。

 それでも、この事態の前では、ただの無力な傍観者でしかない。


 私が呆然と見つめる前方で、錆びた鎧を纏い、錆びた盾を構える四つ足の巨大なモンスターの持つ大きな錆びた剣による斬撃を、黒いボロボロの外套を身に纏い、フードを目深にかぶった男が、刀身を右手で掴み取って止めていた。


 左肩に、縛られてずた袋を頭に被せられた女性を担ぎながらである!


 グググッ、四つ足の怪物がさらに力を籠めるが、錆びた剣はびくともしない。

「グオオアッ!!」

 怪物は、苛立たし気に唸ると剣を持つ右手とは反対に構えていた、錆びた円盾でシールドバッシュを繰り出そうとする。

「危ない!」

 私は咄嗟に叫び、両手で構えていたハルバードで援護の為に、怪物に斬りかかる。


 が、怪物は巧みに四つある足のうち一つでハルバード斬撃を受け止め、そのまま盾で殴りつける!

「ッラアッ!」

 だが、男はその際に生じたバランスのわずかな乱れを突いて、シールドバッシュを回避しつつ、強引に錆びた剣を奪い取り、そのまま怪物の腰に叩き込んだ!


「ギイッアアッ!」

 怪物は痛みに呻き、四つの足がもつれるようにたたらを踏んで、後退する。男はすかさず黒い外套をはためかせ、右から回り込むように距離を詰める。

「オオオオオン!!」

 怪物は、接近を拒もうと男が左側の足二つで闇雲に蹴り飛ばすが、男は容易く回避し、殴りつけた!


 バゴンッ!強烈な打撃音が響き渡り......しかし、弾かれたのは男の方だ!

「ぐっ、ヌウゥッ!?」

 男が殴りつけたのは、怪物の本体ではなく左手で構えられた円盾であった。その中心には、神秘的に輝く曇った鏡!


 あの盾に嵌められた鏡は、攻撃を反射する力を持っているようで、あの四つ足の怪物......視聴者曰くガーディアンと言うらしい、と先程戦い全く刃が立たずに殺されかけた彼女はそれを知っていた。


「グウッアアッ!」

 ガーディアンは、空中へと弾き飛ばされた外套の男目掛け、四つの足全てに力を込めて跳躍!剣でダンジョン天井に串刺しにするつもりか!?

 コハクは咄嗟に自らの【スキル】を用いて援護を......否、その前に男は空中で身を捻り、剣の刺突を紙一重で回避!


 なんたる不自由な空中にあって異常な身のこなし!コハクは目を剥く。さらに彼は回避した剣の刀身を蹴ってガーディアンの頭上へ

「イイヤアアツ!!」

 男は、そのまま空中回転踵落としをガーディアンの脳天に食らわせ、怪物は地面へ叩き落された!


 衝撃で、この空間全体が振動する中、男は平然と腰に括りつけられた、先ほど彼が殺した男の生首を包んだ布袋を揺らして、コハクの真横に着地した。

「オイ」

「はい!?なんでしょうか!?」

「コイツを頼む。」

 男はぶっきらぼうにそう言うと、担いでいた女性を投げてよこした。


「うわっ、とと......」

 コハクが、慌ててハルバードを置いて女性を受け止める様子を一瞥すると、すぐさま男はガーディアンに向かっていく。

「あの、ちょっと!」

「ごめんキミ、悪いんだけど頭の袋取ってくれない?」

 咄嗟に彼を呼び止めようとするが、袋の中でモゴモゴと喋る女性にさえぎられる。


「あっはい、大丈夫ですか?」

「うんうん、ダイジョブ、ダイジョブ、ウエップ......あの野郎強引に振り回しやがって......」

 要望に応えて、コハクが縛られた女性の頭を覆うずた袋を外してやると、今にも吐き出しそうな真っ青な顔をした、三十代手前と思しき端正な女性の顔が現れた。


「あの、本当に大丈夫ですか?」

「あー、うん......けど私は探索者じゃないから、丁寧に扱ってくれると助かるかな......」

「そ、そうですか?」

 コハクは、この女性を連れて、とりあえず戦いの場から離れる。


「あの、彼は......何者なのですか?」

「え?グリムリーパーさんの事?さあ?良く知らない。」

 彼女はあっけらかんと言い放った。グリムリーパー......彼の事だろうか?探索者は本名とは別に名前を持つ。


 ガーディアンは本来、もっと下層、あるいは深層に徘徊している恐るべき怪物であり、並の探索者では到底太刀打ちできない。

 しかし、彼はそれを相手に互角以上に渡り合っている。だが、それほどの実力を持っているにも関わらず、コハクはグリムリーパーという名の探索者を耳にしたことが無かった。


「知り合いじゃないのですか?」

「うーん......?なんと言うか、知り合いの身内って感じかなあ?」

 歯切れの悪い返答、初対面のコハクにすべてを話してくれるわけがないか。

「は、はあ......えっと、それではうわッ!?」

 コハクの真横に、巨大な錆びた剣が突き刺さる!ガーディアンの手から弾き飛ばされたのだ!


「滅茶苦茶やるなあ......」

 縛られた女性が怪物と男の......もはや、怪物同士の戦いを見て呟いた。

 ガーディアンは反射の盾を用いて巧みに攻撃を避け続けるが、グリムリーパーは鏡のない縁の部分を殴り、盾を弾いて懐に潜り込む!


「ゴアオオンッ!」

 ガーディアンは、後ろ二つの足で体を支え、前二つの足でグリムリーパーの接近を防ぐ前蹴りを繰り出す!

「チイッ!!」

 グリムリーパーは瞬間的に右蹴りを左手で弾き、左蹴りを右手で足を受け止めるように防ぐ。が、頭上から剣を手放しフリーになったガーディアンの拳が迫る!


「ハアアアッ!」

 だが、グリムリーパーは次の瞬間右手で受け止めた足を始点に跳躍し、ガーディアンの拳を回避すると、更に跳躍の勢いを乗せ、受け止めていた左前脚を捩じり切った!

「ギッ、ガアッ!?」

 ガーディアンは驚愕し、苦痛に悲鳴を上げながらバランスを崩して倒れる巨体を両手で支える。


「これで、終わりだッ!!」

 そして、この余りにも無防備な隙を、彼が見逃すはずもない!ちょうど良い位置へ来た頭部を目がけ......強烈な回転蹴りを食らわせた。

「グッ......!?」

 彼の言ったように、それで終わった。ガーディアンは何やら呻こうとしたが、その前に回転蹴りが、怪物の首をちぎり飛ばしたのだ!


 グリムリーパーの黒い外套が空間に軌跡を描き、ガーディアンの首がサッカーボールのように回転しながらこっちへ飛んでくるのを眺めながら、一体何故こんなことになったのか、コハクは回想していた。



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