ダンジョン・死神・マッドネス!

A230385

プロローグ

 青白い光に薄暗く照らされた洞窟の中で、一人の女が蹲って座り込んでいる。年齢は二十歳程と若く、この暗く湿った場所には不釣り合いの派手なピンクと水色のツートンカラーの髪に、カラフルなドレスアーマーを着ていた。

 

 彼女から少し離れた場所に、カメラが付いた八角形の撮影用ドローンが転がっている。

 いつもは静かに浮かんで彼女、探索者名はスターフラッシュ......のようないわゆるダンジョン配信者たちを美しく、正確に撮影してくれる優れものだが、今は浮遊機構が壊れて地面に転がり、未だに撮影が続いていることを知らせる、カメラ横の赤いランプを虚しく点灯させるだけだった。


 突然、ドローンカメラの画角に巨大な影が映りこむ。

 その影は人型だが、頭部は凶暴な雄牛であり、逞しい筋肉に覆われた両腕で、凶悪な斧を構えていた。

 この怪物の名はミノタウロス、伝説に謳われる怪物の名を付けられたモンスターこそが彼女を打ちのめし、その余波でドローンを故障させた犯人であった!


 ミノタウロスは、一歩踏み出し、彼女の得物であるプラズマ刀を蹄のついた足で踏み砕くが、頼みの綱を粉砕されても、スターフラッシュは力なく呻くばかりだ。

 最新コンタクトレンズ型ディスプレイによって、視界の端に網膜投影された視聴者たちのコメントも、朦朧とする意識の中ではまともに読むこともできない。


 そしてミノタウロスはついに彼女の頭をかち割るべく巨大な斧を持ち上げる。

「あ.....やめて......」

 彼女は、呆然とそれを見上げながら力なく呟くことしかできない。


 本来ミノタウロスはもっと下層のモンスターであり、この中層域に現れることは滅多に無い。

 だというのに、今日に限ってなんたる不幸か。自分の実力なら、問題ないはずだった。なのに......ふざけるな、こんな終わり方。


「やだ......だれか、助けて......」

 か細い声で助けを求める。だが、助けは来ない。ダンジョンは広く、人も少ない。絶体絶命の時に都合よく誰かが助けにくることなど無い。


 ここは人類にとって危険溢れる未知のフロンティア。ここでの活躍を夢見た探索者がこのように死ぬことは珍しくも無いのだ。


 彼女は恐怖で固まり、身を守ることも出来ずに目を瞑って、最後の瞬間を待った。少しでも痛み無く終わることを祈って......


 だが、いつまで待っても、最後の瞬間は訪れない。


 彼女は、恐る恐る目を開けて、そして見た。

「あ?え......?」

 ボロボロの黒い外套を身に纏い、フードを目深にかぶって顔を隠した不気味な男が、怪物の頭を手刀で刎ね飛ばす光景を。


 雄牛の頭が地面に落ち、ミノタウロスが膝から頽れ倒れ伏す。その様子を、男は返り血を浴びながら何も言わず見届けた。


「えっと、その......ありがとう。」

 何とか立ち直ったスターフラッシュは、不気味な命の恩人へ、未だ残る恐怖に震えながら、かろうじて感謝の意を述べたとき、それに気づいた。

 男が、腰に誰か、人の生首を吊り下げていることに。そして彼のフード奥に隠された殺意に燃えて恐ろしくぎらつく二つの瞳に。


「ヒッ......あッ!?キャアアアアッ!!」

 彼女は怯えて絶叫した。その様子に男は一瞬面食らい、そしてうんざりしたように立ち去ろうとして、ふと気付いて振り返る。転がるドローンが未だ撮影中であることに。

 彼は、苛立たし気に舌打ちをすると、ドローンを睨みつけて破壊し、配信を強制終了させると、痕跡を残すことなくスターフラッシュの前から消えた。


 その後、悲鳴を聞きつけ駆け付けた救出チームに無事助け出された彼女と、この配信の視聴者は揃って言った。


 死神を見た、と。

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