#9 午後の紅茶、少しの苦味
ふんわり甘い、バニラの香り
(今日はなんだろう……?)
気づけばこの時間が待ち遠しい。
正体を隠すため変身姿は解けないが、重たいドレスも苦にならない。
ひとり、少女姿で過ごす時間よりも、偽りの姿で淹れてもらうお茶を飲む時間の方が――
息がしやすいのは何故だろう。
運ばれてきたのはドルチェ・ピザ。
薄い生地に、チョコレートと砕いたナッツがのっている。
サクリとかじれば、シティ好みの控えめな甘さだ。
カシャリ
いきなり撮られて睨むシティ。
「フィルムは入ってないから。怒らないでよ」と悪戯っぽい笑みを浮かべる青年。
シティの指先に魔術の気配を感じ、慌ててルシニウス青年は話題を変えた。
「ハチだけしか見ないけど。他にも使い魔はいないの?」
カチャリとカップを降ろしたシティは、一息ついた。
心の動きを決して表には出さないように。
「なんでそう思ったんだい?」
ゆっくり問い返す。
「いや、昔見たのとちょっと違うなって」
ハチは――シティの使い魔の魔術は、不完全だ。
初代様が、後輩たちに課した"使い魔作成"。
静かに皿を片付けるハチは、ゾゾアの作品だ。
その身体の中には、八枚の黒い布が収められている。
――それぞれには、先代たちが遺した魔術の精髄が刻み込まれているのだ。
(キュウちゃんは、未だにただの布切れだ……)
自分の使い魔を作るどころか、先代達のを使いこなしすらできていない。
喋れないハチを見る度に、自分の至らなさを突きつけられる。
「ま、俺も小さかったしな。あん時はありがとな?」
ポンポンと親しげにハチの頭を撫でる青年。
彼にとって、最強ババアはヒーローで――
(……それは、師匠のことなんだよね)
今日も情熱的に写真を語る青年を前に、シティの胸はチクリと痛んだ。
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