第4話
さやかちゃんがウチで暮らすようになって、早二週間が経った。僕は姉さんと時々連絡を取っているけれど、特に進展は無いようだ。まあ、別にイイんだけど。
さやかちゃんはここでの生活を楽しんでいるようだ。僕にもだいぶなついてくれて、なんだか僕は、すごい若い奥さんを貰ったような感じがしてしまう。いや、別に変な気持ちはありません。あくまでも生活レベルの話し。平和で楽しい。近所の人ともさやかちゃんは交流を深め、岸田さんのおばあちゃんにもすっかり気に入られた。老若男女問わず、美人という要素は強力な武器として作用する。しかも若い高校生。このままだとご近所のアイドルになってしまいそうだ。
「ショウちゃん」
店番をしているさやかちゃんがこちらを見て言った。店の奥で僕はパソコン作業をしていた。いつも明るいさやかちゃんが、ちょっと強張った表情を浮かべている。
「どうしたの。おつり間違えた?」
僕は笑って訊いた。でも、そんな軽い感じじゃない。
「私ね、もう夏休みになるの……」
「あ、そうか。もう七月も終わりだもんなあ。受験生はこれからが大変ですな」
僕はふざけた感じで言った。
「ショウちゃんに、会って欲しい人がいるんだけど」
え! それはまさか、彼氏とか? イヤダイヤダ。そんなの俺の役目じゃないだろう。本気で嫌だ。可愛い姪っ子の、大好きな男の子なんかに会いたくない。それはご両親に任せたい。僕の表情を読んで、さやかちゃんが少し笑った。
「違うの。あの……これは結構気持ちが悪い話だから、ショウちゃんを巻き込んでしまったらいけないと思うんだけど。でもね、私も家族の事で何かをしたいの。それで、思い切った行動を取ろうかと考えて」
「待て待て。全然話が読めないよ。本質が何も語られていない。深刻な感じは伝わってくるけど」
僕は慌てた。さやかちゃんは言い出しにくそうだ。ヘビーな内容なのだろう。しかも、ついに来ました、家族の問題。
「まあ、大丈夫よ。俺、この通りフラフラしてるから。重い話を振られても、マイペースでやり過ごすさ。それでいいなら何でも相談にのるよ。可愛い姪っ子の為だ」
僕は努めて明るく振舞った。でも本当に負担には感じていない。さやかちゃんが僕を頼ってくれているのが嬉しい。
「ショウちゃん。今まで黙ってて御免なさい。あのね、私が家出をした理由を説明致します」
「ハイ」
「一年ぐらい前かな。パパがね、膀胱がんになってしまったの。でも、幸いなことに早期で、簡単な手術で大丈夫ってことになりました。でも、膀胱がんは完治するという事はなくて、定期的に検査を受けなくてはならないの」
「……そうなんだ」
「それで、パパはちょっと人生観が変わってしまったらしくて、そこにつけこまれたというか、宗教に入ってしまったの。新興宗教みたいなやつ。私、それ自体は別にいいと思うのよ。だけどパパは、私とママにもその宗教に入って欲しいって言うのよ。結構強い感じで言うの。私とママは、少し怖くなってしまって」
「あらマア」
我ながら酷い相槌だ。
「それでこれは最近の話なんだけど、パパがお仕事を辞めるって言うのよ。転職して、その宗教団体のお仕事をするんだって。それと、北海道に引っ越すって言い出して。その引越し先が、宗教団体の敷地内なの。ここで私は限界になりました。家出をすることにしたの。あの……どう思う? ショウちゃん」
さやかちゃんが顔を赤くして、泣きそうになっている。
「パパは気持ちが悪いなあ。俺もそれだったら家出するかもな」
僕は率直に言った。
「だよね、だよね? 絶対におかしいよ。確かにパパ、大変だったとは思うの。生きるか死ぬかっていう経験をしたのだと思うし。だけど極端過ぎるよ。パパ、そういう所が昔からあって。ママはパパに逆らわないから、なんだか本当に北海道に行くような流れになってしまって。私は絶対にイヤ」
「だよなあ。分かるよ」
嫌だよなあ。
「ちょっと調べたんだけど、その宗教はそんなに評判は悪くないの。いわゆるお金を搾取するような団体ではないみたい。でも、生活は閉鎖的な感じ。外部との接触を避けて、理想の生活を求めるみたいな。コミュニティっていうのかな? 私も詳しくは分からないけど。私とママには必要無い。今までの生活を続けたいの」
さやかちゃんがボロボロと涙をこぼした。こんな可愛い娘を泣かしてまで、北海道に行きたくなるもんかね、パパは。
「それで、俺になにが出来るだろう。さやかちゃんには何かアイディアが有るのかな。お願いって言ってたけど」
僕は訊いた。
「あの……、でもやっぱり……」
「いいから言ってみなよ。俺もアジアの変な所にいっぱい行ってるから、大概の事じゃ驚かないよ」
僕は笑った。さやかちゃんがじっと僕の目を見据えた。
「ショウちゃんに、その宗教の人に会って欲しいの。パパとつながりが深い、その宗教の幹部みたいな人。私も何回か会ったことがあるの。話しが上手で、柔らかくて優しそうで。でも世界が完全に違うというか、見えている物が違うというか。正直に言うと、私は大嫌い。上手に騙されてしまいそうな感じがして、信用出来ない。粗がないのが、逆に疑わしいの」
さやかちゃんが真剣な顔で言った。綺麗な顔だなー。それならば、僕も少し本気を出そう。
「さやかちゃんみたいに、純粋な感じで、若い女の子が大嫌いって言う訳だ。俺はそこに真実味を感じるね。君が姪っ子だからって訳じゃないよ。そういう子供の直感って、結構強い力を持ってるんだ」
僕は言った。さやかちゃんがちょっと驚いたような顔をする。
「宗教の人は俺も、アジアでたくさん出会ったよ。まあ、だいたいが偽物だね。人は年を取っていくと、どうしたって汚れて、つまらなくて、胡散臭い存在になって行く。さやかちゃん、ここんところは、なんとなく分かって貰える?」
僕は訊いた。
「うん、とても」
さやかちゃんが頷いた。
「だからさ、綺麗に開放されてる大人なんて存在しないんだ。俺が思うのは、いかに笑える感じに汚れて、楽しい感じに胡散臭い大人になれるのか。それが年を取るってことだと思う。でもね、例外的にスゴい宗教の人もいるんだよ。実際に俺は会ったことがあると思う。彼らは決して人に強要しないし、お説教もしない。むしろ自分の魂が浄化されることだけを考えて、他人を救う事なんて考えてない。俺は、そういう人を宗教家だと思ってる。だから、さやかちゃんがさっき言った事にも共感が出来る」
なかなか上手に説明ができたと思う。僕にはしっかりとした考えがあるわけじゃない。さやかちゃんの話を訊いて、自然としゃべるべき言葉が浮かび上がって来た感じだ。
「ショウちゃんスゴーい。なんで?」
さやかちゃんが嬉しそうにして、今度はなんだか嬉し泣きみたいにしている。
「なんでって言われてもねえ。偉そうな事言ったけど、俺は実際のところ、最低レベルの大人だよ。自覚がある。まあ、大人になりきれてないという強みはあるかな」
僕は笑った。
「これならあの人に勝てるかも!」
さやかちゃんが言った。
「いや、これは喧嘩じゃないし、そんな単純に話は進まないと思うよ」
僕は慌てて言った。期待されすぎても困る。
「来週の日曜日に会ってもらえる? 連絡を取ってみるから。お願い、ショウちゃん」
さやかちゃんの姿が、姉さんの姿に一瞬重なった。
「まあ、一応話してみるか」
僕はさやかちゃんの勢いに押されて答えた。
もう断るわけには行かねえ……。面倒くさいなあ。でもまあ、ちょっとだけ楽しみだ。僕は変な人に会うのが好きだ。アジアでもいろいろやった。タイでお布施の金額で揉めた。口論の果てに、インドの修行僧に棒で打たれた事もあった。ブッタガヤ―で坐禅もした事もあるんだぜ! なんの成長もしてないけど。
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