第3話

「行ってきまーす」

 そう言って、早朝にさやかちゃんが普通に登校して行った。登校拒否をしていたというのに、そんなに簡単に復帰できるものなのか。まあ、学校に行くに越したことはないと思うが。

 学校と僕の店とは結構距離がある。片道一時間半ぐらい。だから大変だと思ったのだが、さやかちゃんは通勤時間を受験勉強に充てると言っていた。偉いなあ。僕の学生時代とえらい違いだ。僕は高校生の時、通勤時間が自転車で十五分ぐらいだったにも関わらず、しょっちゅう遅刻とか欠席をしていた。まあ、そんな事どうでもいいか。

 僕はいつものように午前十一時に店を開ける。さやかちゃんは早起きして自分のお弁当を作っており、僕の朝食と昼ごはんまで用意してくれていた。スゲーなあ。こういう気遣いも姉さんみたいだ。育ちがいいよ、全く。

 これまたいつも通り、僕の店にはほとんど客が来ない。顔見知りのお年寄りが少し顔を出して、僕と他愛の無い会話をする。

「実はね、今ウチに、僕の姪っ子が来てるんですよ」

 僕は岸田さんというお婆さんに言った。この人は近所のご意見番みたいな人だ。彼女の信頼を勝ち得るまでに、僕はかなりの時間を今までに費やした。おだてて褒めて、お孫さんの誕生日プレゼントを店の商品から選んで上げて。ようやく警戒を解いて貰った。岸田さんにご理解を頂いてから、近所のご老人たちの、僕に対する態度がだいぶ変わった。近所付き合いって、とても大切だ。だからこそ、僕の所に若い娘が転がり込んだ事について、早目に言って置こうと思ったのだ。

「あなたのお姉さんの娘さんって事ね? 学生さんなのね?」

 岸田さんが興味深そうに聞いてくる。

「ええ。ちょっと実家でゴタゴタがあって、家出してきたんです。家出の部分は岸田さん、なるべく内密にお願いします。なにしろ多感な時期の女の子ですから。今は高校へ行っている所です。いい子ですよ」

 僕は慎重に岸田さんに説明した。

「そうなのね。大丈夫、私に任せておいて。変な噂が立たないようにするから。ああそうだショウちゃん、きんぴらを作りすぎちゃったから持って来たのよ」

 岸田さんがタッパーを出してくる。

「おお! 有難うございます。僕、岸田さんのきんぴらゴボウ、大好物なんですよ」

 にこやかに答える。岸田さんがとっても嬉しそうにする。時計を見たらもう午後一時。昼飯を食べることにする。岸田さんは足取り軽く店を出て行った。まずはこれで一安心というところ。


 午後四時。そろそろ学生さんのお客さんが増えてきた。当店の今月の目玉は、足の指にする銀の指輪。インドを経由して、バンコクからの直輸入。今は七月だから、そろそろみんなサンダルとかを履く事になるだろう。そこを狙ったのだ。トゥリングとも言うらしい。サーファーファッションとして、南国リゾートを中心に流通がある。これはインドの友人から聞いた。

 それで、この指輪が大ヒットの兆しを見せている。僕はこれ幸いと、追加の注文をインドとタイの友人にメールで頼んだ。夏が過ぎるまでの主力商品に出来るかもしれない。値段はいつもの通り千円と三千円。千円の方は銀で、色々と簡単なデザインがある。三千円の方は、安モノだけど宝石がハマっているものがある。

 学生さんで店が賑わっている中、さやかちゃんが帰って来た。お店が賑わっているので、少し驚いている様子。

「すごいねショウちゃん。結構人気なんだ、このお店」

「俺の事見くびってたでしょう。やる時はヤルんだよ、俺」

 僕は冗談めかして言った。

「でもどうやって商品を入荷しているんですか? 外国へ買い出しに行くわけでもないんでしょう?」

 やっぱりこの子は頭がいい。

「俺はさ、若いころアジアをずっと旅行してて、少しコネがあるんだよ。割りとアンダーグランドな友達もいる。今も時々買い付けに行ったりするよ。でもまあ、今はメールか電話で連絡を取ることが多いかな。信用第一。怖いお兄さん達と俺、一応ファミリーって事になってるから」

 僕はわざとらしく胸を張った。さやかちゃんが感心したような顔をしている。

「ママが言ってたんですけど、ショウちゃんは変な才能があるって。怖い人ともすぐに友達になっちゃうって。別にフレンドリーとか、愛想が良いっていうわけでもないのに」

 酷い言われようだな。

「アジアが好きなんだ。それと、ダウンタウンっていうか、裏街道が好きだね。そこに暮らす人達も」

 僕は言った。懐かしい感じがする。

「いいなあ。ちょっと憧れちゃいます。あの、ショウちゃん、お願いがあるんだけど」

「うん」

「私もお店番とかしてみたいな。お手伝いをしてみたい。ダメ?」

 恥ずかしそうに言うさやかちゃん。

「そりゃ大歓迎だよ。たぶん俺が店番してるより、学生たちも買い物しやすいと思う。そうだな、そうしたら俺も在庫整理とかに時間を割けるし、お願いしようか」

 僕は言った。

「有難う、ショウちゃん!」

 スゲエ綺麗な笑顔。美人だなあ。しかも素直な感じだし。叔父さんはちょっと心配だ。変な男とかに捕まらないといいんだけど。

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