会社に戻ってくると、総務の先輩たちが他愛もない話をしていた。

「魔女って、まだいたんですね」

 オフィスに置かれたテレビから流れているニュースには、四方八方に飛び回りながら遭難者の救助を手伝っている、妹の季菜里きなりが映り込んでいた。

「わたしが若い頃は人気職業だったのよ」

「えぇ? 昔は高給取りだったとか?」

「ネームバリューが高かったの」

「時代なんですかねぇ。小学生の娘が魔法持ちなんですけど、使い方すら知らないですよ」

「実はわたしも持ってるんだけど、なろうと思ったこと一度もないわ。需要もないし」

 世間の認識はこういうことだ。わたしは、彼女たちから隠れるように背中を向けた。

「さーかえっ、今日も弁当?」

 肩越しに手元を覗き込んできた人のバグった距離感に、思わずのけぞる。

「やめてください、木ノ下きのした先輩。訴えますよ」

「やだな、照れないでよ」

「午前中ずっと一緒だったので、お腹いっぱいなんですが」

「俺は、全然。一日いても平気」

 そもそも、先輩は営業部だ。隣りに単体で広い部屋をあてがわれているというのに、わざわざ三つの部署が一緒になった狭苦しい方に日々訪ねてくるなんて、後輩思いにも程がある。

「自分の部署に戻って休憩してください」

「俺、ウーバー待ちなの。さかえ、今度の休み、時間ある?」

「ないですね」

「じゃあ、その次は?」

「ないです」

「一緒に温泉でもと思ったんだけど」

「一生忙しいです。先輩、ウーバーもう来てるんじゃないですか?」

「あぁ、それなら大丈夫」

 その時。

「ウーバーイーツでーす」

「ほらね。配達先、こっちに指定しといたんだ」

 スマホをわたしのデスクに置いたままデリバリーを取りに立った先輩の姿に、絶望を覚えた。

 終わった……わたしの昼休憩。

 ほぼ手つかずの弁当を切ない思いで見つめていると、ポン、と肩を叩かれた。

 見ると、総務の先輩たちが両脇から押し寄せており、無責任な同情票を大量投入し始めた。

「木ノ下くんてさ、営業としては優秀だし、見た目爽やかなんだけど、なんっか絶妙に違和感あるんだよね」

「そうそう。ラベンダー畑で焼き肉みたいな」

「榮さん、色白で可愛いから、木ノ下レーダーに引っかかったっちゃったんだよね」

「困ったことあったら、何でも言って」

 好奇心しか感じない目線に「ありがとうございます」とだけ返事をすると、無念の思いで弁当箱の蓋を閉じた。

 木ノ下先輩が戻ってきそうになると、二人はそそくさと自分の席に戻り、何事もなかったかのように会話の続きを始めた。切り替えが早いのは、才能だと思う。

「榮、聞いてよ!」

 なぜか頬を紅潮させた木ノ下先輩は、唐揚げ弁当を勝手にわたしのデスクに置くと、興奮気味に話し始めた。

「さっきの配達の人、魔法男子だったんだ!」

 書類を引き寄せる手が止まった。思いもよらない単語に、発光体をまじまじと見る。

「何で分かったんですか?」

「ギフテッドだったんだ。赤い黒眼くろめの。いやぁ、アニメの中の話だと思ってたら、ほんとにいるんだね」

 頭に浮かんだのは、不遜な態度のやから。あの存在が、そうそういるとは思えない。

「その人って、背が高くてツリ目で、二十代くらいでした?」

「うん。今どきな感じの男の子だったよ」

 木ノ下先輩は、訳知り顔で何度も頷いた。

「やっぱり、知り合いだったんだ」

「やっぱりって……」

「榮って、天才魔女・榮リリアさんの親戚なんだよね」

「え……」

「俺、小さい頃から魔法使手まほうしてに憧れててさぁ!」

 なるほど。だから、やたらとわたしに構ってきてたわけか。

 先輩は、唐揚げをひとつ口に放り込んでから切なげに言った。

「だけど、ちょっと思う所があるよなぁ。あんなに憧れた職業の人が、今や副業しなきゃやってらんないなんて」

「……」

 いや、その通りなんだけど。他人に言われるとモヤッとするのが、人の常ってもんで。

「今どき副業なんて、誰だってしますけどね」

「そういえば、彼のお母さんが、うちの商品飲んでくれてるんだって」

「へぇ……ん?」

 適当に相槌を打ちながら、昼休憩が過ぎていくのを、忍耐強く待つ。

 木ノ下先輩は、押しかけ王子みたいなもんだ。困ったらすぐに手を差し伸べてくれるし、先回りして優しい言葉をかけてくれる。

 だけどわたしは、姫になりたいわけじゃない。なれるものなら、守りたい人を守れる戦士になりたい。目立ちたくはないから、戦士Cくらいでちょうどいいんだけど。

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