姉、そして妹

 わたしは、某飲料メーカーの子会社で働いている。所属は何でも屋……もとい総務。今年の仕事納めは、出社早々、サンプリング配布のヘルプに駆り出された。

 風に巻き上げられる大量の枯れ葉に、すでに心が折れそうなんだけど。

 分厚いコートと防寒具を盾に、足早に駅を後にする人たちに、プロテイン飲料を差し出す。

「お願いしまーす、お願いしまーす」

「声、低っ」

 営業部の木ノ下きのした先輩の爽やかな笑顔と目が合った。

「怒ってる?」

「怒ってません」

「いつにも増して、ドス効いてるなぁと思ったんだけど」

「通常運行です」

「たまらないなぁ。見た目とのギャップが萌えるよね」

 変態チックなことを言い放って、軽井沢の空気のようなものを振りまく。

 ちなみに先輩は、年がら年中こんな感じだ。ワイシャツの上に薄い販促ジャンパーの今でさえ。そのせいか、無駄に白い歯のせいかはわからないが、サンプルは見る間に無くなっていく。

 それに引き換え……手元のサンプルの山をじっと見つめる。

 すると、冬枯れの景色を場違いに照らす発光体となった先輩が近づいてきて、思わず、一歩、足を引いた。

「寒いから、とっととやっちゃおう」

 あっと思う間もなくわたしの籠からごっそりとサンプルを奪い、改札を出てきた人波に向かって、再び【爽やか】をまき散らす。

 底の見えた籠を見つめた。

 何か引っかかるけど、寒すぎて頭が働かない。ただ、風邪をひく前に早く終わらせたいのは同感だったので、震える手でサンプルの籠を持ち上げた時。

「あれぇ? ミキ姉!」

 聞き覚えのある声がした。

「ほんとだ。三ツ稀みつきぃー」

 振り返ると、姉の朝美あさみと妹の季菜里きなりが、揃って鼻を赤くして、こちらに手を振ってるのが見えた。彼女らは叔母の弟子だ。

「おはよう。今から仕事?」

「逆。三日ぶりに帰ってきたの」

 姉が、仕事用のボディバッグを肩から外し、きっちりと結っていた髪をほどいた。

「今回はどこの応援?」

「決まってるじゃない、深山みやまよ」

「……」

 赤い黒眼くろめの男の姿が浮かび、何とも気まずい思いが言葉を詰まらせる。

「まぁ、あそこは使手してがいないから仕方ないんだけどね」

 こちらの表情が姉にそう言わせたのだろうけど、ますます気持ちは複雑になる。

「今日はもう帰れるの?」

「警察に行ったらね」

 すると、それまで大人しく話を聞いていた妹が、不満げに声を荒げた。

「誰かさんが無許可で魔法なんて使うからね!」

 たっぷり艶をまとった唇を、これでもかというくらい歪ませている。

「え……もしかして、わたしの……」

「そのもしかして、よ! 何なの。ミキ姉はもう魔女じゃないのに!」

 叔母似の顔で、「早く帰りたいんですけどぉ」とボヤく。

 再び言葉に詰まり、口元を引き結ぶ。

 サイアクだ。

「ごめん」

 魔法を使って二人に迷惑をかけるなんて、一番やっちゃいけないことなのに。

「もういいでしょ。季菜里、行くよ」

 亡き母の面影を残した顔で、困ったように妹の腕を引く姉。

「ほんと、申し訳ない」

 もう一度深々と頭を下げたわたしは亡き父似で、みにくいアヒルの子のように、誰とも似ていない。

 二人が駅を背に歩いて行くのを見送っていると、「そうだ」と、姉が振り向きざまに言った。

「相談したいことがあるんだけど。時間作ってくれない?」

 咄嗟に断る理由が思い浮かばず、無言でゆっくりと頷く。

 風が強く吹いて、千切られた不揃いの毛先が、チクチク頬を刺した。

 そういえば、家に帰ったらもっとビッグなサプライズが待っていることを伝え忘れた。妹の怒りは、こんなもんじゃ収まらないだろう。

 やっぱり、魔法なんてろくなもんじゃない。

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