3
大通りを偵察して戻ってきたその人は「もういいぞ」と言って、建物の壁に寄りかかった。肩で息をするような息遣いが聞こえてくる。
「すみません」
痴漢扱いしてしまったことがいたたまれなくって、お礼より先に謝罪が漏れた。
「なぁ」
「はい……」
「そろそろ模写の魔法、解いてくれる?」
「はい?」
不機嫌な声が、日が落ちた後の薄寒い空気を伝って、ぼおっとした頭を揺り動かす。
「俺がしょんぼりしてるの見てるみたいで、すっげー気持ち悪いんだけど」
はたと、自らを見下ろし気づく。
すっかり忘れていた。自分に魔法をかけたこと。
「す……ごぉい」
想像以上の出来栄えに、思わず自画自賛の声が漏れた。
「だから、気持ち悪いって」
オエーという声が聞こえないふりをして、頭やら頬をペタペタ触る。久しぶりの達成感をひとしきり味わった後、はて、と首を傾げた。
戻るのって、どうやるんだっけ。
熱く昂っていた気持ちに、現実という名の冷水を浴びて、わたしはしゃがみこみ、頭を抱えた。
言えない。
魔女じゃないのに、魔法を使ったなんて。
これ以上迷惑かけられない。
ってことは、一生このまま!?
汗に混じって無念の思いがじわりと滲んだ時、くいと顎が捉えられた。暗がりに浮かび上がるようなその色に釘付けになる。
「だから。俺で百面相するなって」
その
この人は、魔法業界で言うところの【運命の子】だ。
わたしは、ごくりとつばを飲んだ。
「あの」
「なに」
ぶっきらぼうな声が、ズン、と耳に響く。顎下には、目立つ喉仏がしっかりと見えた。
「もしかしてアナタ……男性ですか?」
運命の子は怪訝そうに眉頭を寄せた後、すぐに「あぁ」と頷いて、あっさりと認めた。
「そう。オトコ」
わたしは大人げないほどのため息をついた。
なんてことだ。一生分の運を使い果たした。もう、二度と宝くじなんて当たらない気がする。
それが顔に出てたことは否めない。
男は顎にかけた指を伸ばして、片手でぐっとわたしの両頬を挟んだ。それからクスリともせずに指先に力を込めた。
唇がタコのように突き出て、輪郭がひょうたんみたいに歪んでいくのがわかった。
「
我慢の限界に達して、力の限りその手を振り払った。
男の株は、地の底まで暴落した。
こういう人間に対しては。
「助けてくれたのは、ありがとう。ほんと、心から」
関わらない。逃げるが勝ち。くるっと踵を返した時。
「待て、
返した踵が動かなくなる。
「アンタの後をつけてきたのは、リリアさんに会うためだ」
「は? つける?」
「そう、喫茶店から」
堂々とした不審者発言に、肩から力が抜けつつ振り返る。
喫茶店で、外を見た時に目があった人って、もしかして、こいつ!?
さっき感じたいたたまれなさを、半分返してほしい。
「引き合わせてくれ。彼女の元で働きたい」
赤い黒眼から目を離さず、ジリジリと後退していると、千切れた髪の毛が頬を刺す感覚があった。
気づけば、魔法は解けていた。
「あんたが、解いたの?」
男が平然とした顔で「まぁ」と、首を
なるほど。どこの誰かは知らないし、すんごく傍若無人だけど、腕だけは確か。猫の手も借りたい榮家で、即戦力になってくれるかもしれない。
少し考えた後、叔母の所に連れて行くことにした。
「ただし!」
わたしはひとつだけ彼に条件をつけた。
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