誰かにとって、魔法はデザート

@mi---sa

敵か味方か

 作家のカサンドラは言った。

『コーヒーがある限り、物事が悪くなるはずがない』

 この言葉を知ってから、わたしは毎日コーヒーを飲んでいる。

 ミルクと砂糖をたっぷり入れないと飲めなかった年から、ブラックで啜る今に至るまで。

 これ以上、日常が崩れないように。

 誰も傷つかないように。


 叔母・さかえリリアは天才魔法使手まほうしてだ。

「最近、膝が痛くてさ。闇雲に飛べないわけ」

 わたしは、しみじみと語られる繰り言にひたすら耳を傾けながら、いつもの喫茶店でぬるいコーヒーを一口ひとくち飲んだ。

「近頃やたら多い一般家出人の捜索依頼なんて、もはやボランティア価格なわけよ。なのにあの人たち、指一本で魔法が発動するとでも思ってんのかしら」

 怒りを宥めるよう、深く頷く。

「知らないと思う。りーちゃんたちがムキムキになるまで訓練してるなんて」

「魔法の質が落ちるって言われてる四十五歳まで、わたしもあと五年よ?持って生まれた魔法の数も、だいぶ減ってるはずだし……」

 叔母の黒々とした豊かな髪を見ていると、赤みを帯びた黒眼くろめがきらりと光った。

「でね、こないだ崖崩れ調査にドローンを使ってみたの。あれ、便利ねぇ。先代が草葉の陰から見ていたら、ひっくり返っただろうけど」

 ふと、大きな窓に何かが写った気がして、何気なく外を見た。見知らぬ人と目が合って、秒で叔母に視線を戻す。

「家を続けていくには、必要なことなんでしょう? おばあちゃんが何と言おうと」

「まぁね。だからといって、将来『全部ドローンで良くない?』なんてなったら困るから、今のうちに行政機関には恩を売っとかなきゃいけないじゃない。とは言え、うちの弟子は二人しかいないし」

「……ごめん、わたしだけ跡継がなくて」

 後悔してる訳じゃないけど、お家事情を垣間見るたびに、やっぱり後ろめたさは源泉みたいに湧き出てくる。

 わたしは、とうに湯気の消えたコーヒーに口をつけた。

「やめてよ。ほらぁ、可愛い子がそんな表情かおしないの」

 わたしの頭を、そこそこの力でこねくり回して、チラッと腕時計を確認する。

「ごめんね。愚痴言えるの、もう三ツ稀みつきくらいしかいないからさ」

「吐き出した方がいいよ。りーちゃんの立場はストレス溜まるだろうし」

「出来た子ねぇ。よし。じゃ、仕事行くわ」

 テーブルの上に一万円札を置き、ヒラヒラと手を振り去っていこうとする。

「え? ちょっと待って!」

 慌ててその腕を掴んだ。

「どう考えても多すぎるでしょ」

「残りはお小遣い」

「今年から社会人になったこと忘れたの?」

「真面目ねぇ、もらっときゃいいのに。使い途ないなら、人の為に使いなさいな」

 強烈なウインクを放ち、彼女はドアベルを鳴らし、店を出ていった。

「イケメンかよ」

 叔母は推される要素をたくさん持ち合わせているのに、ミーハー心だけで若者をこの世界に引きずり込みたくないという考えらしい。

 まぁ、もはや魔女じゃないわたしに言えることは、何一つ無いんだけど。

 大きな窓から、小さくなっていく叔母の後ろ姿を見送る。うっすらとオレンジ色に染まり、寒々しい影を落とす風景の中、またまた視線を感じてそちらを見た。

 ――気のせいか。

 テーブルに置かれた一万円札に視線を移す。

 冷えたコーヒーの残りを端に寄せ、気の重い話題の欠片を掴んで、よっこらせと腰を上げる。

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