へりくつ28 ふすまの謎

 畳のい草がふわりと香る、広い和室。今日、僕たち家族は、少し遠くの温泉旅館に泊まりに来ていた。窓の外からは、山の緑と、どこかから聞こえてくる川のせせらぎの音が静かに流れ込んでくる。僕は座布団の上に座り、部屋を仕切っている大きな「ふすま」をぼんやりと眺めていた。

 ざらりとした手触りの、薄い紙。どうして、部屋と部屋を分ける壁が、こんなにペラペラの紙で出来ているんだろう。木や石の壁みたいに、もっと頑丈なものではダメなのかな。

 僕は、いつものように部屋の隅でゴロゴロしている、僕の世界の謎を解き明かす専門家の元へ駆け寄った。


「ねえ、お父さん。旅館の部屋にある、このふすまって、どうして紙でできているの?」


 僕が尋ねると、父さんは畳に寝転がったまま、面倒くさそうに片目だけを開けた。しかし、僕の顔がいつもの「どうして?」に満ちていることに気づくと、待ってましたとばかりに、にやりと口の端を上げて笑った。


「ああ、ふすまか。それはな、空。いざという時のために、紙の方が都合がいいからに決まってるだろ」

「いざという時? それって、どんな時?」

「ふすまが紙だったら、いざとなれば、指一本で簡単に穴を開けられるだろ? そういうことだよ」


 父さんは、さも当然だという顔で言う。確かに、これならすぐに破れそうだ。でも、壁に穴を開けなきゃいけない「いざという時」が、僕にはまったく想像できない。


「うーん……向こうの部屋で、何か事件が起きてないか、こっそり覗く時とか?」


 僕が忍者の本で読んだ知識を総動員して答えると、父さんは「それも考えられるな」と大げさに頷いてみせた。


「そうだな。そうやって、色々と自分で考えてみることが大事なんだ。どうしてだろう? って考える力が、空を強くするんだぞ」


 父さんは珍しく真面目な顔で僕の頭を撫でた。僕はなんだか少し照れくさくなって、でも、すごく嬉しかった。そっか、考えることが大事なんだ。

 僕がうんうんと頷いていると、父さんは急にいつもの気の抜けた顔に戻って、こう付け加えた。


「まあ、本当のところは、紙が光を柔らかく通すし、軽くて開け閉めしやすいからだと思うけどな」


 その瞬間、僕の頭の中で、真面目な父さんと、いつもの父さんがぐるぐると混ざり合った。


「えーっ! 嘘つきー!」


 僕の叫び声は、父さんの楽しそうな笑い声と一緒に、広い旅館の部屋に響き渡ったのだった。

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