へりくつ15 草食動物の謎

 僕のお気に入りの動物図鑑は、もう何度も読んだせいでページの角が少しだけヨレヨレになっている。休日の午後、僕は床に寝そべって、また最初のページからじっくりと眺めていた。ライオンが獲物を捕らえる迫力のある写真の隣のページには、シマウマがのんびりと草をたべる、平和な写真が載っている。


 僕は、その二枚の写真を指で交互に指しながら、ふと不思議に思った。シマウマやキリンみたいな草食動物は、どうして草や葉っぱばかり食べているんだろう。ライオンみたいに、お肉を食べたいって思ったりしないのかな。


 その疑問が頭に浮かぶと、もういてもたってもいられなくなる。僕は図鑑を抱えたまま、リビングのソファでくつろいでいる父さんの元へ走った。


「ねえ、お父さん! シマウマとかの草食動物って、お肉を食べたくならないのかな?」


 僕が尋ねると、父さんは「んー?」と気の抜けた返事をしながら、僕の頭をぽんぽんと撫でた。


「そりゃあ、食べたいに決まってるさ。本当はステーキとか焼肉が好きなんだ。でも、みんな必死で我慢してるんだよ」

「え!? 我慢してるの? どうして?」


 父さんは、重大な秘密を打ち明けるみたいに、僕にだけ聞こえるような小さな声で言った。


「ダイエットしてるんだよ」

「だいえっと?」


 僕が首をかしげると、父さんは大きく頷いた。


「そうだ。考えてもみろよ、空。もしもお肉を好きなだけ食べて太っちまって、足が遅くなったらどうなる?」

「えーっと……」

「ライオンやチーターみたいな、いつも体を鍛えてる肉食動物に、あっという間に捕まって食べられちゃうだろ。だから草食動物たちは、『食べたい』っていう気持ちをぐっとこらえて、太らないように草や葉っぱだけを食べて、体を軽く保っているんだ」


 なるほど……! あの優しい顔をしたシマウマたちの裏側には、そんな血のにじむような努力と、生き残るための固い決意が隠されていたなんて。図鑑に載っていたのんびりした表情が、なんだかとても切なく見えてくる。


 僕は心の中で、サバンナにいる一頭のシマウマを想像した。目の前においしそうなお肉があるのに、「ダメだ、これを食べたら太ってしまう……!」と涙をこらえて、代わりに青草をもしゃもしゃと食べている姿を。


「お肉を我慢しなきゃいけないなんて、草食動物って可哀想だなあ」


 僕はぽつりと呟いた。ほんのちょっとくらい、バレないようにこっそり食べても大丈夫そうなのにな、なんて思いながら、僕は図鑑の中のシマウマに、同情のまなざしを向けるのだった。

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