へりくつ6 紙の謎

 あの日以来、僕の心の中には小さなトゲが刺さったままだった。『おおみそ』という名の、雪のように白い花。父さんの話はとても素敵だったけれど、いくら図鑑をめくっても、そんな植物は見つからなかった。


 もしかして、お父さんは嘘つきなんじゃないか?


 一度生まれた疑いは、まるで墨汁みたいに心にじわじわと広がっていく。石垣の話も、オリンピックの話も、全部でたらめだったのかもしれない。僕は、このモヤモヤを晴らすための、ある作戦を思いついた。


 放課後の図書室。僕は「紙の作り方」について書かれたページを、穴が開くほど読み込んだ。木を細かくして、繊維を取り出して、それを平らにして乾かす……。よし、これなら答えは一つしかない。お父さんの嘘を見抜いてやるんだ。


 家に帰ると、父さんはいつものようにリビングでゴロゴロしていた。僕は心臓の音を抑えながら、できるだけ普段通りを装って声をかけた。


「ねえ、お父さん。紙って、どうやって作るの?」


 父さんはゆっくりと僕の方を向くと、いつものように、にやりと笑った。さあ、来るぞ。どんなへりくつが飛び出すんだ?


「紙か。いい質問だな、空。紙はな、もとをたどれば木とか植物の皮からできているんだ」


 僕は息をのんだ。図鑑の冒頭に書いてあったのと同じ言葉だ。


「空がいつも使っているノートみたいな普通の紙は、木を細かく砕いて取り出した『繊維せんい』っていう、ふわふわの綿みたいなもので作られている。一方で、お正月に見る半紙みたいな和紙は、コウゾとかミツマタっていう植物の皮から取り出した、もっと長くて丈夫な繊維で作るんだ」


 か……完璧だ……!


 父さんの口から出てくる言葉は、僕が今日必死で覚えてきた内容と一字一句違わない。淀みないその説明は、僕の心の隅々まで染み渡り、黒いシミのようになっていた疑いを、跡形もなく洗い流していく。


 なんてことだ。僕は、こんなに物知りな父さんを疑っていたのか。きっと『おおみそ』の花だって、僕が見つけられなかっただけで、世界のどこかには咲いているに違いない。恥ずかしさと申し訳なさで、顔が真っ赤になるのがわかった。


 僕が黙り込んでいると、父さんは僕の頭にぽんと手を置いた。


「どうした? そんなに興味があるなら、家でも牛乳パックを使って簡単な紙を作れるぞ。一緒にやってみるか?」


 その言葉は、まるで魔法のようだった。僕の心にあった最後の罪悪感を、優しい光で包み込んでくれる。


「うん! 作る!」


 僕は、今にも飛び跳ねたい気持ちを抑えて、力いっぱい頷いた。父さんはやっぱり、世界で一番すごいや。僕の世界は、やっぱり父さんの言葉でできている。そして今日は、父さんと一緒に世界に一枚しか無い紙を作り出すんだ。

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