へりくつ5 大晦日の謎

 外は凍えるように寒いけれど、こたつの中は天国だ。みかんの甘い匂いと、テレビの賑やかな笑い声が部屋に満ちている。画面の中では、タレントたちが「今年一年を振り返る!」なんて言って騒いでいる。時計の針は、もうすぐ一番上を指そうとしていた。


「いよいよ今年も終わりかあ」


 父さんがこたつに深く体を沈め、だらしない格好でおせんべいをかじりながら呟いた。


「ねえ、お父さん」

「んー?」

「どうして今日のこと、『大晦日おおみそか』って言うの?」


 テレビのアナウンサーが何度も繰り返すその言葉が、ふと気になった。一年の最後の日。それなら「終わり日」とかでも良さそうなのに、どうして「おおみそか」なんだろう。


 僕の問いに、父さんは待ってましたとばかりに体を起こした。その目は、いつも僕の「どうして?」を聞くと、いたずらっぽく輝き出す。


「それはな、空。昔から伝わる、ある植物が関係しているんだよ」

「植物?」

「そうだ。『おおみそ』っていう名前の、それはそれは美しい植物があってな」


 父さんは、まるで見てきたかのように語り始めた。


「その『おおみそ』の花が咲くのが、ちょうど十二月の終わり頃なんだ。雪みたいに真っ白で、小さな小さな花が、古い年の終わりにだけ静かに咲き誇る。それを見た昔の人が、一年の最後の日を『おおみそ』の花が咲く日、つまり『大晦日』と呼ぶようになったのさ」


 へえ、そうなんだ。雪のように白い花か……。なんだか、とてもきれいな光景が目に浮かぶ。僕はいつものように感心しかけて、ふと立ち止まった。


 あれ? なんだろう、この感じ。


 僕の頭の中に、これまでの父さんの言葉が次々と蘇ってきた。海の水が蒸発して空が青くなる話。自然に積み上がった石を削っただけの石垣の話。オリンピック選手のジャンプで地球の自転が遅れる話。そして、アマゾンの奥地にしか生えていない『鉛筆の木』の話。


 どれもこれも、すごい話だった。でも、学校の図書館で植物図鑑をめくった時、『おおみそ』なんて名前の花は、一度も見たことがない気がする。


 僕はじっと、父さんの顔を見つめた。父さんは僕の視線に気づくと、「どうした?」というように、にこりと笑いかけてくる。その笑顔は、いつもと同じように優しくて、少しだけ得意げだ。


 でも、今日はなぜか、その笑顔の奥に「嘘だよーん」と舌を出している、もう一人の父さんがいるような気がしてならなかった。


 もしかして、お父さんって、いつも僕に嘘を……?


 その疑いは、小さな芽のように僕の心の中に顔を出した。父さんが教えてくれた不思議な世界は、もしかしたら全部、父さんのへりくつで出来ているのかもしれない。僕は、そのとてつもない可能性の前で、ただ黙って父さんの顔を見つめ返すことしかできなかった。

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