第37.5話 瑠奈の話

自分の部屋にクマのオルゴールを飾った。お兄ちゃんがあげるって言ってくれた。

オルゴールをかけてみた。

♪〜〜♪♪♪♪〜〜〜♪〜♪♪〜♪♪♪〜〜〜

綺麗な音で優しくて、心が暖かくなるようなそんな気持ちになれた。

「………」

向き合うって言った。今のままでは私は強くなれない…音楽を奏でたい!そう思っていた。

今日、お兄ちゃんと買い物に行って、その思いが強くなった。

母様達がいなくなったあの日以来、私は笑えなくなった。感情を表に出すことも難しくて、苦しさを奥底に押し込めていた。

でも、お兄ちゃんの笑顔を見た時、私もそうなりたいと思った。

私は立ち上がって、ピアノの前に座った。

まだ、体が震えて触ることすらできない。あの時の記憶を思い出してしまうような…そんな気がするから。

「……いつか、弾けたら、奏でられたら、元に戻れるかな?」

お兄ちゃんと演奏するのが楽しかったあの頃に…


夜、私は姉さんと兄さんに会いに行った。自分たちの部屋にこもっているのは分かっていた。だから、会って話をしようと向かった。

「姉さん……いる?」

「瑠奈?どうしたの?」

ドアが開いて、姉さんが立っていた。不思議そうな顔をしていた。

「…っ………くっ……」

また、私は言葉が出てこなかった。言おうと話そうとすると、喉がつっかえて声が出なかった。

(私はまだ、話したくない……ってことかな…)

頭では話さなきゃと思っているのに、体が動かなかった。すると…

「…話したいことあるの?」

私は精一杯頷いた。

「そう……ちょっと待ってね」

姉さんが部屋の中に入ると、何かゴソゴソと動かしている音が聞こえて来た。

そして、戻って来た姉さんの手にはメモとペンがあった。

「無理して話さなくていいから、これに書いて」

渡されたそれらを持って、私は姉さんの部屋に入った。


私はメモにこう書いた。

『音楽を続けたい、でも、ピアノを引くのが怖い……だから、過去のことをちゃんと見つめ返して、消化する。そうすれば、もう一度ちゃんとピアノを弾ける気がする。』

「………」

姉さんは静かに私が書いたメモを読んでいた。

『私とお兄ちゃんは向き合うって決めた。姉さんと兄さんはどうするのか……それを知りたい』

メモをもう一度渡すと、姉さんは静かに呼んでくれた。そして、読み終えると目を瞑った。

しばらくして目を開けた姉さんは、私の目を見て、こう言った。

「私も良一もあの日以来、音楽にのめり込んで考えないように見ないようにして来た。母さん達のこと……思い出さないように…そうしようって思っていたんだけれど……」

姉さんは下を向いてしまった。

私はただ黙って姉さんを見つめ続けた。

「フォクシードを新しいものにすれば忘れられる……そう思っていたの……でも、あなた達は向き合うことを決めたのね……」

姉さんは悲しげな表情で私を見ると、こう言った。

「私にはできないわ」


姉さんの部屋を出てから、初めて私は姉さんの心に触れたような気がした。天才と言われていたあの人は、私たちのことで苦しみ、母さん達を失ったことで苦しみ……傷ついた心が修復できていない状態なのだと分かった。

(一緒なんだ……私たちと)

私は、姉さんも兄さんも向き合って消化できることを願った。


それから数日経ったある日、お兄ちゃんが私にあるものを渡して来た。

「これ、弾けそうなら弾いてみて」

渡された物は、楽譜だった。新しく曲を書いたらしい。私が弾きやすい曲にしているらしいから、練習に使えると思った。まだ、お兄ちゃんとうまく話すことは出来ないけれど……


「ありがとう」


この言葉は必ず言うように心がけた。



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