3:ドリルとシラタキ実働部隊

「ん?」

 背後の気配を感じ取り、ゴロリと身体を倒す―――。


 ゴッツンッ、ギャリ゛ギャリ゛ギャリ゛ィィィィィィン!

 灰色髪のサイボーグ左側頭部に、舞う火花。


「痛ってーーーーーぇ!」

 顔の前に浮かんでいた、攻撃方向を示す三角形が消える。

 それとは逆向きに身体を捻って転がる、シルシボーグ。


 ドルルルルルルルルュッ!

 振り返った視線の先には、回転する、―――刃渡り、約20センチのくさび

 青ざめた顔をして、側頭部を触る。次に頭頂部の抹茶色を乱暴に鷲づかみした。


「おう、小鳥、無事か」

 少年は、抹茶色の頭をそっと撫でてやる。

「電話サンキューな。ひとまず、ソレ切って、起きてくれ・・・・・!」


 ジジジジジッ!

 ―――ブッツン。ツーッツーッツーッ……。


 とぎれる通信。消える巨大映像空間。

 小鳥はぐったりとして、―――寝息を立て始めた。


「小鳥電話は、負担かかんのかな、やっぱし」

 穿うがつ物が無くなったからか、くさび状のドリル回転が止まる。

 少年は、息を殺して、敵を見る。


「……出てこないな? 設置系の武器か?」

 シルシは、視線を逸らさず、小鳥を脇腹スロットに格納した。

 次に、アイテム金庫から、最高に堅い歯車状円盤を一枚取り出した。


「まったく、俺の新品の頭にみぞなんか掘ってくれやがって!」

 側頭部をさすり、匍匐ほふく前進。

 ずいっ。

 円盤を近づけていく。


 ぐいっ。

 ガッツン、ゴッツン、ゴガガガッ―――ギャリリ゛ィィィィィィーーン!

 舞う火花、凄まじい金属音!

「ぎゅるるるるぅるるっ、ぎゅるるるるぅぎゅるるっ!」

 その音に、混ざる不協和音。


「う、うっせーーーーっ!」

 あまりの騒音に、手を離してしまう。


 ゴッ―――ギャリリィィン! ―――ボギリ゛ィッン!

「ぎぃぴゃぁぁぁっ!」

 円盤はシルシをかすめて、すっ飛んでいく。折れたくさびのようなモノは、地面を数回跳ねた後、凄まじい勢いで走り去っていった。


「―――はぁーーーっ、あせった! なんだよ、折れちまったー?」

 スタスタを歩いて、円盤を拾いに行く。


「やっぱし、凄ぇーな、初期フロアえんばんの堅さ……」

 シルシは、円盤を拾い上げ、振り返った。

 あれ? と平地を見渡す。


「どこだっけ? さっきの、ドリルみたいなのが飛び出たとこ……」

 歩数にして、10数歩離れてしまっている。数センチの穴を、一度見失ってしまえば、見つけるのは難しい。


「あー、どうしたもんか。つか、まあ、いっかな。円盤は回収できたし」

 少年は円盤を、アイテム金庫に仕舞った。

「武器の本体が飛び出てくるわけでもないし、気にしてもしょうがないな。……むしろ、すっ転がっていった、ドリルの先の方が使い道合ったかもしれねー」

 少年は、見当をつけた方向へ歩き出した。


「ぎゅりゅりゅりゅれりっ! ぎゅりぎゅるるるるるらぁぁるるっ!」

 地面に空いた穴からは、慌てふためく鳴き声のような、ドリルが空転する作動音のような。

 どちらとも付かない音が、発せられていたが、少年サイボーグスキヤキシルシの耳には届かなかった。



   ◇◇◇



「ご主人ーーーっ!」

 猛然とダッシュする猫耳メイドさん、再びの頭突き。


「あ゛っぶなっ! ……ミ゛ミコフ! アンタはん゛、……な゛してそな゛いに、……あ゛てぇに懐゛く……の゛どすか?」

 実物大の猫耳メイドさんによる、頭突きを辛うじて避けた、悪夢の処刑人コウベカイロ


「そんなの、知らないニャァ! ご主人、ご主人! ―――ドッガッ!」

 返すどたまが炸裂。細身の巨漢が崩れ落ちる。


「オ゛フッ! チ゛ョッ! やめ゛……」

 グリグリグリッ!


「なにか強力な刷り込みが、ほどこされていますねぇー? 設計制作元のワルさんに、聞いてみないとぉ、わかりませんよぉー、これはぁ……」


「あ゛の、宇宙服゛いけずに、……コケに゛され゛る゛ことは゛……合っても゛、好゛かれる筋゛合いは、……あ゛らしま゛へん゛どすー」

 なおも抱きつこうとする、猫耳メイドさんを押しのける、B級映画のクリーチャーコウベカイロ


 などとやってる、その背後、

 ボゴッ、ボゴボゴボゴッ、ボゴボゴボゴボゴンッ!

 地中から、8つの物体が出現した。


「何か落ちてるゼ?」

 それに気づいた、刀風カタナカゼが指さした先。

 地面に落ちているのは、スイカサイズの、卵。


 横縞、縦縞、丸ドット。

 半身黒に斜めのストライプ、半身白に白い波線型のストライプ。

 中心からの同心円に、ペイズリー柄。

 すべてモノトーンで、落ち着いた色合いだった。

 卵には3つのくぼみがあり、それは不規則にまたたいている。


 そして最後に飛び出した卵はフルカラーだった。

 木製の、まるで、VRエンジンのレンダリング見本のような、楕円形。


「このへんは、いろんな物が埋まってるゼ」

 中ボスが、地中から突き出した根っこや、爆弾のことを言っているのだろう。

 確かに、湖畔から街道ぞいにずーっと中ボスが空けた穴だらけだ。


 ごばあ。

 横縞の卵が、立ち上がる。

 それは、多少の構造の違いはアレど、見覚えのあるものだった。


「なによ、試験会場にいたマネキン人形達、じゃあないの」

 押しのけた土塊つちくれを光の粒子に変えながら、屹立きつりつする戦闘テスト用のダミーNPC。

 だが、地を割って突き出た足は、とても長く標準的なマネキンとは、一線を画していた。


「足っ、長っ!」

 ひるむ海賊マガリ


 結構な高さにまで、横縞の楕円形たまごが持ち上がった。

 目測で、4メートルくらい。青鬼コマウシよりもひと回り大きい。

 身体は細いが、マネキンのようなNPCの存在感はなかなかだった。


「こっちはぁ、手ぇがぁー長いですよぉー」


 次々と立ち上がり、その特異性を露わにしていくマネキン達。


 左半身黒に斜めのストライプは右腕、長大な右腕を地面に突き立て、その頂上に身体が付いている。

 右半身黒地に白い波線型のストライプが左腕だった。左右対称なだけで、形も動きも全く同じ。両足をブラリと吊り下げている。


 縦縞と、丸ドットは、サイズ・形状共に、ふつうの人型に見える。


 中心からの同心円には、四肢の間接から曲線を描くパーツが飛び出している。どういう内部構造になっているのかはわからないが、比較的ふつうに見える。

 ペイズリー柄は、厚みがなく、板のような見た目。関節に自由度がなく、ひねり込む動作が出来ないため、一番動きがぎこちなかった。


 木目調は、全身が木製で、等身大のデッサン人形にしか見えない。

 木目の不規則さが、軽薄な薄笑いを浮かべているようにも見える。


「うっわ、なんかアイツ、鋤灼スキヤキみたいっ!」

「ほん゛と、どすな゛あ、……締゛まり゛のないお顔゛……してはり゛ま゛すえ」

 カタカタと動いている、ソレを指さす女子生徒達。

 くっ―――カタナカゼの目尻に涙がにじむ。旧友をおもんばかってのことだろう。


 カラカラと乾いた音を立てて、にじり寄ってくる様は、ホラー以外の何物でもない。だが、中ボス試験会場で、マネキン型NPCを見慣れていたおかげで、必要以上に取り乱す事はなかった。


「何だゼ? こいつら?」

「HUDもぉ出ませんしー、スターバラッドのぉエネミーNPCでわぁ、無いよぉうでぇすぅよぉー?」


「これ゛が、さっき言゛ってた……”関係各゛位・・・゛・”って事と……ち゛ゃいますか? 白焚シラタキはん゛……に聞いてみ゛た方が……良゛くないどすか?」


白焚シラタキさん? そうねぇー。……―――シーラーターキーさぁーーん! 居ーまぁーすーかぁー?」

 猫耳ヒューマノイドは、湖、VRE研の面々、トグルオーガ勢、ミミコフ、卵などを見渡している。

 それは、アンテナがよく立つ方向を探しているようにも見える。

 たが、応答は無かったらしく、首を左右に振った。


「……直接ぅー掛けてぇーみまぁすぅかぁー」


 ポポン♪ ……プルルルル……ガチャリ。

 環恩ワオンの目の前に浮かぶ、電話通話マークから、抑揚のない声が響く。

「はい、白焚シラタキ。先生、どうかされましたか?」


「それがですねぇー、鋤灼スキヤキ君のぉー、説得がぁー成功しましたぁー」


「それは僥倖ぎょうこう。よかったですー。コチラとしても、アレほどの、出所不明のおもちゃ……げふげふ、……逸材いつざいを解析班送りにしては、管理運営の名折れですからねえ」

 わずかに、感情がこもるモノの、事務的な口調は変わらない。

 ”実働部隊・・・・”を直接指揮・・・・すると言っていたのだ。

 浮かれた口調で応答するわけにも、いかないのかもしれない。


「はいそれで、今、目の前に、ダミーのNPC達が、来ているのですが、―――」


「えっっ!? こっちは、通常の”自動機械”、―――私の”赤点號レッドノード”に似た感じのを、えっと、……一個小隊向かわせたところですが?」


「ん? するとコイツ等は何だゼ?」


「まさかとは思いますが、それ、……ダミーって、白黒模様で、8体居たりしませんよね? ははっ! もー、やだなーっ、一瞬、冷や汗かいちゃった」

 冷たい印象だった、推定年齢27歳の声が、うわずる。等身大の白焚畄外シラタキルウイの顔が覗く。


「ええ、ちゃんとぉー、8人・・ーいらっしゃってぇまぁすぅよぉー?」

 満面のみでぇー、返答ぉー。

「ぎゃーーーーxgつ!」

 一同に届く、殴られたかもの如き叫声。


「ど、どうしたんだゼ?」

「び、びっくりしたぁ!」

「なん゛でしゃろ゛? ……とう゛とう、ヤキが回゛ら……れ゛たん゛ですかい゛な゛?」

 一人、えげつない発言者が居るが、VR業界における、官民の軋轢あつれきによるちょっとした嫌みだ。ささやかな意趣返しであって、悪意も他意もない。


「みなさん、逃゛げてーーーーっ!」

 取り乱す余り、だみ声になる白焚シラタキ女史。

「……白焚シラタキさん、さっき、試験会場でも同じ事言ってなかった?」

 通話アイコンに顔を寄せる、禍璃マガリの、オネエ声。

「と、とにかく! 今すぐダイブアウト・・・・・・してください!」


「アイツ等、トグルオーガの連中は、気のいい奴らだゼ?」


「そ、そういうことでは、な、無くて、コ―――『コードネーム:バラクーダ』って知りませんかっ!?」

 裏返る、白焚シラタキ女史のあたふたした声。


「バラぁっ―――!?」

「クダっ゛―――!?」

 成人女性コンビが、年の順に飛び上がった。


「なんだぜ!?」

「なんなのよ!?」


 環恩ワオン歌色カイロは、慌てて、VRメニューを開いている。


「みなさぁん! 説明はぁ後でしまぁーす! すぐにダイブアウトしてくださぁい!」


「ふふっ、姉さん、超あわててる。おっかしーっ!」

歌色カイロちゃんも、なんか、この世の終わりみてえな顔して、面白いゼ!」

 気楽な調子の、人気生徒コンビ。


「先生ー、NPC達は、コッチで一時的にお預かりして、よろしいでしょうかー!? 急ぎまーす!」

 女史が、緊迫した声で、撤収てっしゅうの手続きを進めていく。


「はぁい、お願いしまぁす!」

「あてぇは、もうダイブアウトしますえ!」

 ウヴュロロロロゥンン!

 シュバババッシュ!

 VRメニューからダイブアウトを選んで、さっさと、消えてしまう歌色カイロ


「な、なんか、必死ね?」

「おう、俺たちも、一回、出るゼ?」


 慌てふためく、一同の上空から、貨物輸送用のコンテナ風の箱が降りてきた。


「先生たちのお連れのNPC達を、全員その中に入れてください! 中には疑似VR空間サンドボックスがあるので、窮屈きゅうくつなことはありませんのでー!」


 ドッゴゴゴゴッズン!

 巨大な鎖に吊り下げられた、立方体のコンテナが、地に落ちる。


 開いていく大きなドアの中を、刀風カタナカゼがのぞき込んだ。

「お、確かに、中は広くなってるゼ?」

 ドアの向こうには、草原、山岳、町並みなどが確認できる。


「トグルオーガのみなさぁん、あとぉ、ワルにゃんも、その中に避難してくだっさぁい!」

「音声入力」「強制コマンド:バックアップ最優先逃げて!


「じゃ、あたしたちも、い、行くわよ!」

「おう、ちょっとまて。コウベのこと叩き起こさないと……」


 一連の慌ただしさを、珍しいモノを見るように眺めていた、トグルオーガ達。

 環恩ワオンの音声コマンドを受けて、集合。円陣を組む。

 ニュロロレ?ボッワ?

 ニャニャニャガァン!

 フンフンフフーン!

 トグル会議は即終了。


 コカカカッコ、タン。

 コウベに駆け寄ろうとした、二人の前。

 打鍵音と共に、文字チャットが浮かぶ。

『■カンフーマスターハ、ラージケルタガ、連レテクヨ_』

 指さす先には、寝そべるNPC米沢首ヨネザワコウベ


「カンフーマスター? コウベの事かしら!?」

 その場で、足踏みを続ける海賊。周囲の動転ぶりにつられて、気持ちが焦ってきたようだ。

「じゃあ、頼む。俺たちにも何がなんだか良く分からん状況だけど、鋤灼スキヤキと俺が責任もって、あとでちゃんと説明すっからよ」


 ■了~解~_

 そう言って、ラージケルタは美少女姿の米沢首ヨネザワコウベを担ぎ上げた。

 チリチリとコウベのSFピタピタコスチュームが煙を発している。

 それでも、まだ寝ている。


「じゃあぁ、そう言うぅことでぇー! ―――ダウブアウト!」

 環恩ワオンが光の輪郭を残して消失する。


 次に、禍璃マガリもダイブアウトボタンを押した。

 海賊姿マガリの外装が掻き消える一瞬。

 その瞳に写る、刀風カタナカゼが、上下に分離していた。


 とたんに爆発する、魔法少女刀風カタナカゼ

 その背後から、長い腕をさらに突き延ばしてくる、腕長のマネキンNPC。

 海賊外装が消失し、何もなくなった空間を、マネキンの腕が通り過ぎていく。


「っきゃ!?」

 禍璃マガリが、飛び起きた!


禍璃マガリちゃぁん? 大丈ぉー夫ぅーー?」

 小柄な少女が、パイプイスから飛び起き、頭の上の魔女帽子を自分で引っこ抜いた。

「姉さん、今刀風カタナカゼ、撃破されてたわよ?」


「ええええーーーーっ! た、大変っ!」

「先生゛、どな゛いしょー? ……刀風カタナカゼはん゛、……わやに゛な゛っても゛う゛た」

 成人女性コンビは、顔を手で覆い隠す。

「ちょっなに? どう言うこと?」

 真剣な顔で、禍璃マガリ刀風カタナカゼを見た。


「だれが、ポンコツわやだってんだゼ?」

 飛び起きるカタナカゼ。

 飛びついた少女マガリが、頭の上の、甲冑のようなVRHMDを引っこ抜く。


「なによ、脅かさないでよ! 生身の刀風カタナカゼが、危ない目に遭ったのかと思っちゃったじゃない!?」


「なに言うてはりますの!? 一大事ですがなっ!」

「そうですよ! 禍璃マガリちゃん!」

 特別講師と、FA編入女子生徒の額を伝う、冷や汗。

 そして、カタナカゼは、自身に起きた変化に気がついた。


「あれ? ヘンだゼ? 俺のVRID、……無くなってるゼ?」

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