2:迎撃開始コフ その1

「電話? え? あ、俺が掛けたままかもっ」


「『カチャ♪ ―――ミミコフと呼ぶコフにゃ』」

 金ピカ頭カイロの足元、シルシを振り返る、確認サムネサイズの、ネコミミキャラクタ。そのひたいに、電話アイコンがポコン♪

 腕のデータウォッチと、頭に乗せたAR対応眼鏡の、両方から聞こえてくる、かわいらしいライブラリ音声こえ。金ピカ頭の履くハイカットスニーカーパワーブーツTMに添えられた小さい手に、接続完了を表す矢印のアニメーションが浮かんだ。


コフか、ニャか語尾がハッキリしねえけど、キャラ付けが定まって無え感じが、アレ・・中身・・っぽいっちゃぽいか?」

 腕を軽く持ち上げ、目と鼻の先の、金ぴか頭の足元ミミコフと通話する少年。


『ミミコフと呼ぶコフ』

 宇宙軍正式敬礼8の字をキメる、元宇宙服、もしくは宇宙服由来の何か・・

 カチッとした乱れのない動きは、ワルコフうちゅうふくと同じだ。

 通話距離レンジが自動的に算出され、データウォッチからの音声がカットされる。AR対応眼鏡に出来ないことは、データウォッチがしてくれる。シルシ少年いわく”安物”でも、ソレくらいの機能はあるのだ。


『げっへへっ、……あれ? ワル……―――と思ったけど違う? ……あれー?』

 変顔をやめ、眼をすがめて、映像前のフロアの床を睨みつける巨大映像コウベ


 米沢首ヨネザワコウベは、ミミコフを初めて見たのだが、ワルコフに類するものだと言うことは、感じ取ったようだ。


 その時、背後に映り込んでいる、白焚シラタキ女史が、少年達の居る地下2階フロアを、一瞥いちべつした。

 少年は硬直する。ついさっき、”画面越しの視線を正確に交え会話する”という、NPCみたいなまねを実際にやって見せたのだから、この反応も仕方無いだろう。


「おう、こ、こいつぁ、オマエ等の設計制作元でもある、”たこ焼き大介”設計師の手による、試作……えっと何番目?」

 話しながら金ピカ頭の側まで歩いていき、再びAR対応面白眼鏡を掛ける。少年は金ピカに向かって、下手な目配せウインクをした。


「へ? あ、……69番、―――じゃうて、……対一角獣ケロス用の……音響レンズひみつへいき……を作ったから、……この子は70番目どすえ」


「そういうことだ。仲良くしてやってくれ」

 ミミコフを、ワルコフと看破かんぱし、正確に識別した、NPCとしての感覚情報を、有耶無耶うやむやに出来るほど、AIは柔軟ではない。

 たとえ、自己進化型の器用さを持ってしても、仮想人格上の行動原理・・・・という物がある。

 現に、小鳥は、両目をビカビカ光らせて、難色を示していたが、本人が必要を感じなければ、その方向へは優先順位の変更・・・・・・・はされないのだ。


 シルシ歌色カイロ白焚シラタキとコウベ&小鳥。

 映像越しの視線が、交差すること2秒。


「へー、そーなんだ、……じゃあ、オマエ、一番、稼働時間少ないとししただから、特選おやつ買って来なさいよね。ギャーッ!」

 美少女は、急ににこやかな笑顔を見せたあと、尊大で横柄な態度で、何かのカードを差し出し、威嚇した。

 カードは、その辺の自販機でもクイックチャージが可能な、特区発効のスペースドル専用パスだ。ある程度は自由に、行動できるようにと、たこ焼き大介コウベカイロが持たせてやった物だ。

 物理的には存在せず、あくまで、仮想空間での少額決済にしか使用できない。

 ちなみに、可愛らしい仕草で魔法杖ワンドを構えた、PLOTーANプロトたんの絵が描かれている。


「どうやら、……正確さよりも……目先の先輩風を……吹かすことに、……重きを置いた……ようどすなあ」

 コウベの変顔も収まり、ほっとする金色カイロ


「まあ後で、……試験これが終わったら、コウベには、ちゃんと説明しときますよ。あれ、宇宙服の中身・・だって」

 ワルコフの存在は、笹木講師からの厳命VRE研部則というだけでなく、出来ることなら隠して置きたいのだ。

 ”謎VR技術で特許または実用新案”という儲け話がになるという理由以上に、ハッキング常習犯の、”@warkovワルコフ”が、部員として所属していては、小言では済まなそうだからだ。


 フルダイブVR環境トポロジックエンジンを、インストールできる唯一のシステム、”V.R.IDシステムOS”。

 ハードウエア上の量子的特性を応用した”画素実像ホログラフィー”にも対応。

 設計思想に位相幾何学トポロジーを取り入れ、”画素”自体による並列演算を可能とした、量子ビットマシン専用のシステム。


 それ自体、量子的クォンタムキーディスト鍵構造リビューションとなる、リアルタイム通信。”理論上宇宙最ステガ暗号通信規格グラフ”に、幾度となく、進入し続けても、鹵獲ろかくも削除もされることなく、現在も連続稼働中の、ハッキングツールの

 というか、ハッキングツールそのもの・・・・と言っても、過言では無いかもしれない存在。

 そんな”ワルコフ”を、運営当局である、特区管理者が確認しようと思えば出来ない訳がないのだ。

 運営サイドの”プレイ不介入”の原則と、興味本位・・・・で、故障個所のコードを改良する事はあっても、改悪することは無い、ワルコフの行動原理。

 基礎研究の時代から存在し続けて来た割に実害は無く・・・・・、むしろ、益虫のような扱いだったのではないだろうか。そうだ、そうに違いないと、推察した笹木環恩ワオン特別講師は、私利私欲・・・・のために、ワルさんを秘匿するに至ったのだ。

 ちなみに、”自動屋台ディナーベンダー”の、電子防壁ファイヤウォール替わり、”別名で保存ディープコピー”を撃破したことは、実害・・にはカウントされない。即時復旧可能なイレギュラーは、ゲーマー特区では日常的に起きている。


 ヒソヒソヒソ。

 白焚シラタキ女史を映し出す壁から離れて、小声で話すシルシ達。

 そのあいだに、ミミコフは壁に近寄り、壁に映し出されたカードを直接・・引っ掴んだ・・・・・


 15センチ弱のサムネイルサイズのネコミミキャラクタが、10倍くらいの大きさの、巨大なカードを持ち上げている。

 グギギギ―――分子構造的に、それほど柔軟さのないカードがしなる。


 巨大映像の中の美少女は、再び顔面に支障を来した。

 ―――古来から受け継がれる由緒ある仮面かめん、俗に言うひょっとこ・・・・・のような顔をして、壁越し? にカードを引っ張り合っている。

 んぐぐぐぐ。にゃにゃにゃにゃにゃ。双方、ムキになっている。


 ビョビョン!

 剛性により、カードが元に戻った―――”ミミコフ・・・・ごと・・


 VRーSTATI◎N地下2階、格闘ゲームと自販機の有るフロアから、姿を消すミミコフ。


「んなっ? ワルにゃっ……モゴゴ」

 まだ、背中にしがみついていた、禍璃マガリに、発言くちを手で封じられる笹木特別講師。


 ピンク髪の猫耳メイドさんが映り込むと同時に、カメラがズームアウト。

 メイドさんは、その輪郭を、全身をブルブルと振り回し、VRスケールサイズに拡大した。

 ヴュワン!

 とは言っても、約30センチ。倍にはなったが、実物大とは言い難かった。


「きゃーー!? まーたー増ーえーたー!」

 突如、出現した、新たな、NPC反応。

 白焚シラタキ女史は、机の隅から、ピンク色の駒のような物を取り出した。

 予定外の乱入NPCは画面から察するに、4体目。


 白焚シラタキの居る作戦テーブルのある高台。

 その下には、駅前にあったコンビニと同じ店構えデザインの、看板が壁から飛び出している。

 ARを駆使したVR空間ばりの、戦闘フィールドには、コンビニまでが完備されているようで、―――。


「ほらっ! 行って来なさいよ! アタシ、”烏賊飯いかめし”ね。小鳥の分は、何でもいいけど、あんまりおいしく無さそうなヤツね。あと、お金余ったらアンタの分も、買ってきていいから゛ー」

 目を見開いて歯を食いしばり、鼻の下を伸ばしたり縮めたりを、繰り返すコウベ。

 小鳥に脳天を突かれながらも、注文と横柄な態度は変わらない。


「こらー! 米沢首しさく68ごう! ……その顔っ……止めなはれっ!」

 再び変顔を披露し始めた、自分に瓜二つの美少女。NPC”コウベ”に抗議する金ピカ頭。そのバイザーかおをみた、シルシ少年の顔が引きつった。

 接続リンク中のAR眼鏡からは、VRHMDの中の様子かおを見ることが出来る。

 慌てふためく声の調子から察するに、金ピカ頭カイロも、VRHMDの中では変顔をしていたのかもしれない。


 わずかながら、背丈の高くなったミミコフが、映像の中から歌色カイロを振り返った。

 全長約30センチになり、ハッキリと判別できる様になったその表情が、困惑に満ちる。やがて、野生動物の険しい表情へと変化していく。グルルル。開いた口から、覗く尖った牙。


「おーい! 鋤灼スキヤキー。コッチは取りあえず、様子身ようすみだぜ。あの、トグルオーガ勢が、どっから、どうやって、何の目的で来たのかハッキリするまではなー」


「おーう! って聞こえねえのか、……コウベ伝言しろ!」


「ふ、ふーんだ! ”げっへっへ”の言う事なんて、聞かないんだかんね」

 名指しで、構われたのが、嬉しかったのか、照れる表情を隠そうとする変顔の美少女コウベ

 てめえ、まだやってんのか。俺ぁそんな、笑い方してねえだろっ!


 会話型アブダクションマシン。いくら、会話を元に自己改変を進める高性能AIと言っても、稼働時間は一週間にも満たない。

 心の機微きびと言う物を、再現シミュレートできても、少年の機微ソレに対処が出来るわけではない。


 寄り目で、頬を膨らませ、顔の両サイドで、手のひらを高速回転。

 歌色カイロが再び、両手を振り回して激高する。


「アンタはん! ……そんなんどこで……覚えて来はったん? ……ええかげんに、……しなはれっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る