1:中ボス試験ってなあに? その6

「ギャッ!? シルシだっ! シルシの声がする!」


「え? 鋤灼スキヤキ? アイツどこに居んのよ! 姉さんの道具なんかも、ぜんぶ持たせてるのにっ!」

 ゴギャッガガゴッゴゴン!

 何かが、―――恐らくはダミー人形が、蒼鬼に粉砕される音。


「このままじゃ、俺たちも、持たねえぜ? どうする?」

鋤灼スキヤキ君ー、どこにいるのー!? あと歌色カイロさんもー、どこ行っちゃったのー!?」

 少年の耳の上から、一同の声が大音量で届く。簡易AR眼鏡のスピーカーは安物だ。入力された音量を程良く増減する機構など、無いのだ。


「おー聞こえる。コウベ-、俺の声は、ちゃんと聞こえてっか!? あと、お前の声、うっせえから、ちょっと離れてくれよ」

 とたんに画面が白焚シラタキ寄りから、試験会場フィールド向くパン


 頭の上に小鳥を乗せた、間抜けな絵面の美少女が、カメラ映像の枠につかみかかっている。

「聞ーこーえーるーよー!」「ピチチチュイ、ピピピチュイッ♪」

 自撮じどりのような状態で返答をよこす。

 少年はたまらず、簡易AR眼鏡を持ち上げて耳から浮かした。

「うーるーせーえーかーらー。はーなーれーろー!」


「わーかーったー!」

 画面を掴んだまま、返答する、前髪ぱっつん清楚系。

 だからうるせえっと、少年は大画面を怒鳴りつけながら、完全に眼鏡を外してしまった。音漏れだけでも、普通に会話が出来そうだ。壁の映像は歌色カイロのVRHMD経由で画素投影されているため、裸眼視出来る。


「おう? 何も無えし、聞こえねえぜ? この辺の向こうに鋤灼スキヤキ居るのか?」


「いるよー! 後ろに設計師もいるよー! おーい!」

 どうも、仮想上・・・のカメラが捉えているフレームを、無理矢理ひっつかんで自分の前に引き寄せてるらしい。


「とりあえず、みんな無事でよかったけど、状況がわからん。その試験会場のフィールドを見せてくれ。とりあえず、退け」

 シッシッと”あっちいけ”を、する少年。

 ドアップで、画面にかじりついていた美少女が、「シルシが冷たい」などと、しおらしいことを言うが、だれも聞いてない。

 いや、一人、その言葉を聞いて、やや戸惑いを見せた人物が居た。

 自分と同じ姿形のものが、目の前に座っている少年に、好意を寄せているらしいことを、目の当たりにして、照れているのかもしれない。

 だが、その様は、金ピカ頭のマッチ棒みたいなのが、頭を抱え、クネクネすると言うもので、やはり、客観的に見れば、”面白不気味”以外の何者でもなかったが。


 巨大画面が、大きく引いて、戦闘区域を表しているらしい、大枠の線と、色分けされたフィールドを映し出した。

 この線や色分けには、何かのルールが有ったのだろうが、現在それは全く機能していない。


 散乱する、粉々になった、衝撃テスト用の人型。そのうちの1体が光の粒子に成って掻き消えると同時に、新たな人型が、枠線の隅に付いた円から出現する。

 光の粒子になって消えない、残りの大きめの残骸は、床の一部が、残骸の形状に合わせて凹み、呑み込むように消し去った。


 新たな標的を発見し、加速タックルからの、ナックルガードでそれを粉砕している蒼鬼。ナックルガードの謎の機構は加減速か、はたまた、背中のダイヤルへチャージするための何かなのかもしれない。拳による直接攻撃以外には関与していないように見える。

 そして、その背後、分類的には、蒼鬼と連なる世界観トグル<鬼>オーガの住人、2名。彼らは、じっと蒼鬼や、白焚シラタキや、環恩ワオンたちVRE研一同を観察している。


「先生、今のうちに、戦闘フィールドから、出てください!」

 白焚シラタキ女史が、なにやら、白い馬の人形のようなものを、盤面にたたきつけた。

 新たな人型……じゃない、新たな4足歩行タイプのテスト用NPCが、空いた円から出現する。かなりの機動力を見せ、蒼鬼のタックルをかわし、翻弄ほんろうしている。

 一同は一斉に駆け出し、大きく囲ってある線の外側に出た。

 刀風カタナカゼ禍璃マガリの持っている、VRアイテムが、それぞれ、光の粒子に溶け、白っぽい棒状の何かに変わる。


 戦闘フィールド? の大きさは、環恩ワオンたちとの対比から、大きめの体育館くらいあって結構広い。


刀風カタナカゼ、その手に持ってるのは何だ?」


「シルシが、その手に持ってるのは、なあに? だってさ、ケッ!」

 あしらわれたことで気分を害したままの、コウベ(NPC)の口調は、やさぐれている。


 チッチッチッチッチッチッチッ、ズドン♪


「こっちの声は、聞こえてるんだな? 鋤灼スキヤキー。こりゃ、この間の、第さん教室の手品・・と同じモンだぜ! ただ、物質感つうか、現実感っつうの? 半端じゃ無えぇ、フルダイブよか凄えかもだぜっ!」


「AR対応の……コントローラーの……一種どすなあ」


 手に持った棒のような物はとても軽そうで、小さなトリガやアタッチメントが付いていて、仮想物体を直接、マニピュレートそうさ出来る仕組みが内蔵されているようだ。

 環恩ワオンは、自分が手にしていた、変形刀シックルを探しているが、手元にも足下にもない。

 環恩ワオンは数歩引き返し、両手を、戦闘フィールドへ突っ込んだ。

 ヴュュウンッ!

 ノイズもなく、再生成リジェネレイトされ、手のひらに浮かんでいる、”ツノにもちてを付けた”だけのような、素朴さを感じる一対いっついの、短刀。

 ふと眼が合った、『オウガ▲▲ニャン』を見つめる、笹木特別講師。

 そのオサレ気味の大人の女性の鼻息が荒くなり、眼の色が変わっていく。

 はぁはぁふぅふぅうひひ。


「あっぶなっ! こんな訳の分からない状況で、”ネコミミ発作”なんて堪らないわっ!」

 環恩あねの手に追従されてはりついている、極太い剣を奪おうとする。

 禍璃いもうと様の小さな手は極太を擦り抜けて、つかむことが出来ない。


「あのー! これ! ありがとう! とても、助かりましたー!」

 姉の手を持って頭の上で、ふらふらと振り回す。


 やや離れた間合いで、笹木特別講師垂涎まっしぐらの、『オウガ▲▲ニャン』が、手先で何かをすくうような仕草をした。


「”投げろって言ってるんじゃないか? げっへっへっへぇーっ!”て、シルシが言ってるヨ!」


「こうかしら?」

 小柄な少女が姉の手を頭の上で振り回した。

 実物にしか見えない立体的な刀の映像が落ちた。

 小柄な少女の頭に、突き刺さるかと思いきや、―――いや、映像は突き刺さったところで実害はないが―――即座に弾かれるように、飛び上がった。

 こう、ワイヤーで繋がれたような動きで、地面や空中を跳ね回ったあげく、持ち主の手元へ返っていった。

 持ち主とは、愛くるしい、美少女キャラクターにして”ミス物騒”。

 『オウガ▲▲ニャン』その人だ。


 手元まではね戻ってきた、ねじれた太い短剣を、逆手で受け止め、両腰のホルスターに一瞬で納めた小柄なキャラクター。その少女キャラはグラブに付いた肉球を見せて、手を小さく振った。


 戦闘フィールドへ舞い戻ろうとする特別講師を、羽交い締めにしようとするが、身長差が有りすぎる。

 禍璃マガリは、大人にしがみつく小さな子にしか見えない。

 すんでの所で、刀風カタナカゼ環恩ワオンの腕をとらえる。


鋤灼スキヤキィー。今ドコに居るんだ!? 早く来てくれだぜ!」


「シルシが、げっへっへっへっ、VR開発機材が持ちー込めーなくて、俺ーと、歌色カイロさーんは、VRーSTATI◎Nの地下2階フロアで仲良く足止ーめ食ってんよ。げっへっへっへっへぇ!」


「おい! なんだその、げっへっへっへっってのは!?」

 少年は、映像の中の、美少女が脚色した、まるで、盗賊キャラのような、げびた笑いに抗議する。

 どうも、さっき、あしらわれたことに対する意趣返ししかえしのつもりらしい。

 げっへっへっへっ! げっへっへっへっ!

 ピピッチュ♪ ピピッチュ♪


 悪っるい顔をして、口をひん曲げたコウベあしもとあおられたのか、小鳥までもが、乗って来た。

 げっへへ、ピピピ♪

 げへっへ、チュチュイ♪


「んなっ!? な、な、なん、 ……何て顔してはるのっ!? ……やめ、やめなはれや!」

 壁の巨大映像に駆け寄り、大きく手を振る金ぴか頭カイロ


 げっへへへっへ!

 ピッピッチュイ♪


「やぁーーーーーめぇーーーーー!」

 気のせいか、頭の上の小鳥まで、変顔をしているように見える。


 どういう設定になっているのか解らないが、”新しい動き”があるところに寄っていくカメラワーク。

 ズームされていく、自分と同じ顔。半開きの口角をつり上げ、視線は明後日の方向へすっ飛んげっピッピッ♪

 目鼻立ちの整った、美男美女が、本気で変な顔をすると、その破壊力ギャップは凄まじい。


 VRゲームのゆう、世界初のフルダイブ型MMORPG、”スターバラッド・オンラインユニバース”。

 この映像ソースは、栄えある第一作品目の、広報も兼ねて、VRーSTATI◎Nの巨大な街頭モニタで流されて居るものだ。

 普段は、有名プレイヤー同士のPVPたいせんや、巨大ボス討伐クエストイベントの様子などが映し出されたりしてる。本日は有望なNPCの、”中ボス試験”を放送中だ。


「いやあやぁ……やぁーーーーーーーーーーーー!」

 VRHMDのバイザーを手のひらで覆う。

 その手首に、呼び出し表示コールサインが点いたままになっている。


鋤灼スキヤキはん! ……後生ごしょうやー、何とか……してえな!」


「そんなこと言ったって、コッチには、AR映像に介入できる・・・・・・・・・・凄腕のハッカーなんて、―――」

 シルシは、巨大映像のなかで、妹や教え子に取り押さえられている美女へ、視線を向ける。

 あの、子供声の女性は、見た目は綺麗だけど、中身は猫耳好きのスターバラッドジャンキーだ。

 思案中の少年は、「じゃなくて」、と首を振る。

 不法介入ハッカーツールの塊みたいな、宇宙服キャラクタNPC”ワルコフ”と、人の身で渡り合える・・・・・・・・・VR技術者なのだ。

 まあ、今は、どのみち、ポンコツと化していて、とても使い物にならないが。


「―――居るには居るけど、システム管理者シラタキの目の前じゃ、……某宇宙服だって、……なにも出来やしないですよ」

 宇宙服の所で声を潜める。”ワルコフ”に関する案件は、管理者サイドへは秘密裏に行うとの部則・・が出来ている。

 理由の大半は、ワルコフ含有がんゆうしうる、謎技術の特許権を巡ってのアレやコレだ。

 正直なところ、NPC米沢首ヨネザワコウベは、シルシ少年のつれない態度・・・・・・にヘソを曲げたのだから、ソレ・・を解消すればよかったのだが。


 ワルコフばりの、ハッキング能力を持ち、項邊コウベ歌色カイロ命令コマンドを、無条件に実行しうる実直な存在。


 そんな、火に油を注ぐようなのが、都合よく、この世の中に、居る。

 AR対応の床を、とててててってと、走ってく。


 シルシが振り返ると、鞄から転がりでている瓶状の機械。環恩ワオンに付けられたストラップはオレンジ色。宇宙服ワルコフが入れられていたもので、今は、別のものが・・・・・入っている。


 VR界隈での呪文、―――〝正式な手順さえ踏めば、あとは機械が全部やってくれる”。

 AR対応の床面に、スターバラッド準拠じゅんきょのNPCが入った、”画素対応メモリ”を置けば、内容物が勝手に起動オートブートして闊歩かっぽし出す。

 逆に言えば、―――手順を踏んでしまったが最後、機械は全部やってしまうのだ。


「ご主人、お電話が鳴ってるコフ。出てもいいコフ?」

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