1:接触3

「よし。検品終わり」

 玄関横の、大きく軒先軒先り出した空間。2階直通の階段とは逆の方。

 鋤灼驗スキヤキシルシは、車のトランク機構のような、カーゴのふたを閉じた。


 プルピピピ、プピピピッ♪

 下から生えた、全自動配送カーゴが、ゆっくりと沈んで行く。


「ごくろーさん!」

 無人の配送ガーゴへ愛想の良い、声を掛ける刀風カタナカゼ

「お前は、根っからのイケメンなんだなあ……」

 シルシも、取って付けたように、配送ガーゴへ「……どもー」と声をかけた。

 ガコン。ガッチャリ。

 シルシの声が届くまえに、地下空間へのハッチは閉じられロックされた。


 リビングとリサイクルBOXの間。玄関から続く広い廊下に、次々と並べられていった箱の数々。

 配送リストと箱に付いた印字タグを照合しただけだったが、結構時間がかかってしまった。

 シルシのデータウォッチに点滅表示されていた、受領した箱の総数が消える。


「……11、12、13個か。結構あったぜ」

「そうだなー」

 広い廊下に並べられた、色とりどりの箱を前に、ひと仕事済んだ顔をして、リビングへ戻ってきた少年たち。


 彼らを迎えたのは、6主観、約14個の瞳。


 たおやかな淑女しゅくじょのようなたたずまいで、グビリと、瓶のジュースを傾けている、色素の薄い少女。

 真っ白いワンピースだけでなく、そこから生えた手足もやたらと白く、白色光を余すところなく跳ね返している。テーブルの上には空瓶がすでに3本。


 NPCの面々、計3体。ルフトさん大小1機ずつ。

 彼女以外には、特に動きはない。


「アンタ、体、大丈夫か?」

 再びイスに腰掛ながら刀風カタナカゼは、ぶっきらぼうに告げる。


 ……。返答は無く、飲み終わったらしい空瓶を、テーブルの上に慌てて置いた。

 代わりにルフトが答えた。


「問診シマシタガ、大丈夫ノヨウデス」

「そう? よかった! ルフトさん有り難う……さて」

 シルシは、脱いだ制服のブレザーを、イスの背もたれに掛ける。

 気の利くルフトに礼を言い、可憐な少女(確定)に相対あいたいした。


 可憐な少女は跳ねるように立ち上がり、ぺたぺたたと、シルシに駆け寄った。シルシよりも頭一つ低い位置から発せられる、NPCコウベと同じ音声ライブラリ。

おつむから、血ぃ出てたのは、……どもないどすか?」

 吐息による湿度が感じられる、その肉声・・は、NPCコウベ内蔵の音声ライブラリよりも音色おんしょくが豊かだった。ライブラリ構造の限界ではなく、目の前の少女の持つ”心根こころね”の発露による差だろう。


 10人にアンケートしたら10人が、「綺麗」「美少女」「小顔」「真っ白」「可憐」「妖精」「かわいい」「細い」「清楚」「優等生」と思い思いに、感想を述べるだろうが、全て好意的なモノで埋め尽くされるだろう。

 その、白魚のような指先で、割と乱暴に、グリグリべたべたと、シルシ少年の顔の輪郭を撫で回した。


「うわっ、うひゃひゃ、ちょっやめ!」

 首を掴み、あちこち向きを変えられ、なかば抱えるように引き寄せられる。

「わっ! 顔近い! やめ! おんなじ……シャンプーのにおい!」

 少年が言っているのは、初期フロアの底で、NPCコウベに抱きつかれた時の事だろう。


「おーい! いつまでやってんだぜ?」

 刀風カタナカゼは、1/6ルフトから、2本目の瓶を受け取っている。


 急かされたシルシ少年は、絡みつく指先をふりほどく。

 少女も恥じらいながら、手を慌てて引っ込めた。


「だ、大丈夫! さっきの血は、手品みたいなモンだから」

 そして、クシャクシャの髪の毛のまま、ペコリ。

「ぶつかって、ごめんなさいでした」


 少女はシルシの頭頂部を見て、慌てて周囲を見渡した。自分の足下に転がってた物を、テーブルの下から拾い上げる。よく見れば、表面が凹みや傷だらけだ。

「あてぇこそ、VRHMDこれ……を装着した付けたまんま―――」


 装着機構が開いたままのVRHMDを、抱えるように持ち、会話を続ける。コウベそっくりの人間。

「―――外を歩い……たりしてもて、……堪忍しとぉくれやす」

 消え入りそうな、か細い声。その可憐な仕草と相まって、まるで、コウベとは似付かない。

 テーブル上の旧型コウベNPCは、テーブル中央のかごの中で寝ていた。おそらく気の利くルフトに、データグローブの機能を使って、丁重に片づけられたと思われる。色とりどりの菓子の山に紛れ、小鳥の腹の下敷きになったまま寝ている。小鳥は、抹茶色の、食べ応えのありそうな、和菓子にしか見えない。


 シルシはテーブルの上のコウベと、目の前に立つ少女を見比べるように、頭を左右に大きく動かす。

「いくら、デザインが同じでもなぁ」

 と、わずかに首を振った。


 言葉とか、所作しょさが雑な所とか、裸足の親指に絆創膏が巻いてある所とか、その柄がウサギさんだったりとか。じわじわと、人となりが判明していくが、まだまだ新型コウベニューカマーの方にがあるようだ。


ワルコフゥVRダイブ中ノ自分ノ身ヲ、守ル事モ出来ナイナンテ、安全義務違反ジャ無クッテ!?」

 逆手気味に指を突き上げる宇宙服。声は、シルシの制服から。

 なんか、斜めってるのは、自由度が無い体が固いのに、模索中のキャラ付けに合わせて腰をクネらせてるからか。


 作り物のように整った、新型コウベの顔の中央、やや上。

 少し太めの眉毛の間が、海底山脈のように隆起りゅうきした。


 ガシャッ、ウイゥイィッ、パシャコン!

 どこかを押して操作し、装着機構を閉じる。一回り小さくなったVRHMDをソファーの上へ投げ捨てた。ほぼ最新のハイテク機器にも関わらず、扱われかたが荒かった。


 イスに掛けられたシルシ制服ブレザーの袖を凝視。テーブル上の宇宙服をにらみつける。色素の薄めな美少女は、静脈がうっすらと浮かぶ手を、立てかけて置いた10/1データマテリアル対応オレンジハンマーつかに伸ばす。データマテリアル規格とはAR向けの情報を物質へフィードバックする、主に玩具向けに提供されている技術運用パッケージの総称である。たとえば実在の人物そっくりの人形があったとして、逐一ちくいち、健康管理フレームが公開している仮想人物像と自動的に照会、人形の体型を本人そっくりに日々更新していくような技術だ。


 ワルコフNPCが、実体を持たない、つまりデータマテリアル非対応でも、存在する空間すべてを・・・・・・・・・・爆砕ボルトの固まりの・・・・・・・・・・ような・・・衝突判定コリジョンで置き換えられれば・・・・・・・・・ヒトタマリもない・・・・・・・・

 後退あとずさり、テーブルから落ちそうになる宇宙服。


 彼女は、どうも、ワルコフを眼の敵にしているようだ。


「ちょっと、待った。ワルコフコイツに何か恨みでもあんのか?」

 刀風カタナカゼが、延ばした長い足先で、ハンマーの柄をつつくように蹴る。

 今まさに、ハンマーの柄を掴もうとしていた、彼女の手は空を切る。刀風カタナカゼすねを振り上げ、ハンマーをクルンと回転させた。

「おらよっ、パス!」

 刀風カタナカゼは返すすねで器用に、ハンマーの重心をコントロール。回転エネルギーを、使って斜め方向へやんわりとパス。

「うおっととと!」

 ぱし。

 巨大なハンマーは、シルシの頭上で捕らえられた。


 シルシに飛びつく、ワンピースの少女。ひたひたとたん。

 裸足の足音をたて、舞う花柄のレース。シルシは少女から、攻撃力ATKゼロ、いや3くらいはありそうな、ハンマーを遠ざける。

 ゴツ! 

 「あぶねっ!」

 腕ごと引っ込めるシルシ

 『The下宿』の天井は決して低くないが、巨大なハンマーを振り回せば、ぶつかってしまう。


 降りてきたハンマーの柄へ飛びつくリアルコウベ。

「やっやめろっコウベ! 危ない!」


「っ!?」どたたぺた。

 シルシから飛び退くリアコウ真っ白


「どうして、あてぇの……名前を知っ……ているのどすか?」


「へ? あ、そっくりなもんで間違え……て無いか。やっぱ、コウベの元ネタ・・・・・・・かー」

 テーブルを見るが、肝心の、”小鳥騎士”一式は、茶菓子と化したままだ。


「……WARKOVウォーコブを従えとる事といい、……アンタはん、鋤灼スキヤキPの回しモン・・・・どすか?」


「おい、鋤灼スキヤキィ? オマエの知り合いかぁ?」ヒソヒソヒソ。

「いや、知らねっ」ヒソヒソソ。


「今、鋤灼スキヤキって……ヌカシはった! ちゃんと聞い……たんやからね!?」


 リアルコウベは、ポケットから顧問講師ワオンが使っているようなゴツい腕時計型デバイスを2本取りだし、両手首に巻いた。

 ちょっと、モタモタしていたが、男子生徒シルシ達は慌てず騒がず、準備ができるのを礼儀正しく待っている。特区では、各種の種や仕掛けが起動する・・・・・・・・・・まで・・立ち上がり時間ライズタイムが必要な物も多いのだ。


 真っ白い腕に付けられた、真っ白いデバイスは、起動音を発している。女性用にしては大きすぎるデバイス。その表示板が積層表示しているのは、明るい赤の地色に真っ・・・・・・・・・・白い文字・・・・


 シルシ刀風カタナカゼは身構えた。

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