6・5・7:ワルコフ対自動屋台7

シタラキ白焚ルウイ畄外さん……?」

 名刺を受け取った先生が、書かれた名前を読み上げる。


「……フリガナ、でかっ!」

 横から覗き込んでる禍璃マガリが感想を漏らす。

 俺も見た。確かに、フリガナルビが漢字の倍のでかさだ。


「よく言われます」

 白焚シラタキ女史は掛けてもない眼鏡を、指で持ち上げる仕草をする。

 この”出てない涎を、袖で拭いたり”するたぐいの、一連のコネタは、VRゲーマー特区内でのお約束みたいなもんだ。

 何もないところで、様々なジェスチャーに興じる、VRゲーマー特区ならではの、文化と言っても良いかもしれない。滞在3日で容認慣れ、一週間も居れば、自然ネイティブに、ついやってしまう。


 カッカカカッ!

 ハイ・プラスチック製の地面を踏み抜いたヒールが、ステップを踏んで華麗にターン。腰に手を当て―――


立ちなStandさいUp。”RoundContainer2型Type 2”」


 そして、それほど流暢りゅうちょうでもない英語で、命令した。これは音声入力の正確さを重視した話し方で、自販機や発券機相手にメンテナンスしてる横を通りかかったときとか、よく聞くヤツだ。初めて聞いたときはちょっと笑ったけど、今はプロの仕事の象徴、いや勲章? みたいなもんだと分かる。

 そして、強制終了は日本語で良いのに、強制起動? は英語じゃないとダメなのは、2Dゲー周りのツールも、GUIが立ち上がるまでは英語じゃないとダメっだったりするのに似てると思った。


 ビクリと”自動ディナー屋台ベンダー”は立ち上がり、何事もなかったように、即、開店高速起動した。グググッガシッウゥンピピピッ♪、6肢にトルクが戻り、グラグラと自分で調整して水平を取り戻す。

「イラッシャイマセ。ゴ注文ハ出来マセンガ、オ任セデ、ディナーメニューを―――」


「今回の件は誠に申し訳有りませんでした。コンソールからの緊急通報エマージェーンシーを確認次第、駆けつけて良かった。見た目ほど危なくはないんですよ。ほんとですよっ?」

 いささか挙動不審に、俺たちに説明する白焚シラタキ女史。


 俺たちは、テーブルから生えてる、穴のあいたパラソルを広げてみせる。


「そーですよねー。あの”輪投げ”、始めて見たとき、わたくしなんて、”なんて実用兵器なのかしらっ♪” と胸躍らせたものですが。生体には一切効果ないんですよー」

 勝手に色めき立ち、すぐさま肩を落とす白焚シラタキ女史。

 なんか、争点っつうか論点っつうか、着眼点が盛大にズレてる気がしたが、タイトスカートをめくって、”ほらさっき輪っかの一個をすねで蹴ったけど、傷一つ無いでしょう?”と太股のあたりまで見せてきた。俺と刀風カタナカゼは一瞬も食い付く事なく、目をそらした。さっき、つい一瞬、反応したからな。あぶないあぶない。

 禍璃マガリがこっちを凝視する気配が無くなってから、俺と刀風カタナカゼは視線を戻した。


 「つきましては、お詫びといっては何ですが、こちらを、お受け取りください」

 白焚シラタキ女史は、45度、きっかり頭を下げ、ラブレターを渡すかのように、何か差し出してきた。


 それは、ちょっと高級な質感の厚紙だった。


「そうは言っても、お預かりしている生徒たちに、もしもの事があったりしたら、ましてやリファレン・・・・・スにも載っ・・・・・てないバト・・・・・……」

 と先生はそこまで言って何か思い当たったようで、素早く眼鏡を掛けた。周囲を見回し、一瞬たじろぎ、俺たち三人を振り返る。眼鏡を流れるような動作ではずし、人差し指を口に当て「しぃーっ」をした。そして、またすぐ、白焚シラタキ女史へ向き直る。


 なんだ!? 特別講座初日に遅刻して、代理講師の背後の換気窓からコソコソと入ってきた時のジェスチャーそのままだ。

 俺は、だらしない顔で「しぃーっ」してる刀風カタナカゼと、ソレをウザそうに肘でツツく禍璃マガリ目配めくばせする。ここは先生にならおうぜ。二人も、”了承”の目配めくばせを返す。


 先生は、人数分の高級そうな厚紙を素早く受け取り、「―――お、お預かりしている生徒たちがぁ……、無茶な注文の仕方をしたせいかもしれませんしねぇー」

 と態度を爆発的に軟化させた。


 当然、俺たちは、特に無茶なんてやってない。やったとしたら、そりゃワルコフだ。


「そう言っていただけると、助かります~」

 がばっと起きあがった白焚シラタキ女史は、そそくさと、”自動ディナー屋台ベンダー”に近寄り、あしの一本をショートブーツのつま先で蹴飛ばしながら命令コマンドする。


「調理中の料理の中で、ほぼ出来てるものを急いで、調理完了イジェクトして、お持ち帰りおみやにしなさいっ」


 ガチャガチャ、ガララン、ゴトゴト、ガサガサ、クルクル、パチン。


 白焚シラタキ女史は、あら、何か処理スピードが遅い? といぶかしんでいる。”自動ディナー屋台ベンダー”の脚を今度は尖ったヒールで蹴って急かす。足癖悪いな。


 チャカチャカ、ガサガサ、クルクル、パチン。

 お、手際が良くなった。目に見えて早い。


 ”自動ディナー屋台ベンダー”と同じ色の包装紙に包まれ、輪ゴムで留められていく、高級折り詰め。

 先生は、あらぁ、いいわね、いいわねと上機嫌だ。


 どんどん積みあがっていく、折り詰め。ふたする前の中身が、ちらっと見えたが、実勢価格1万円はしそう。今4個目が、天板に置かれた。まだまだ出てきそうだ。

 特区近郊の食糧備蓄を賄う為のシステムで、尚かつ廃棄ゼロ・・・・うたってる以上は、調理に入っちゃった分は、全部、出しちゃうしか無いのかもしれないけど、こんなに食べきれるか?


 ”自動ディナー屋台ベンダー”の情報は、基本的に、ほぼすべて特区外秘で、ソコソコ重要な機密だらけ、と言って良い。


 えっと、なんだっけ、確か、音響冷蔵の功罪で、”新鮮な食材が、生のまま3年は保存できるけど、調理したら、2時間以内に食べないと急激に味が落ちる”。

 調理にも、最新技術が不必要な程、使われてて、分子構造改変を駆使した無刀切断や、音響調理法なんてのも有るらしい。


 自動機械群マシンOSシステムシス管理者アドはすかさず、別の厚紙みたいなのを差し出す。厚紙はA4位は有って、あの細いシルエットの、どこに隠されてたのか、さっぱり分からねえ。

 でも、特徴的な明るい赤の地色に、白色で書かれた、あの文面の内容は、読まなくても分かる。”今回の情報を、特区外へ漏洩しないことを条件に、特区内に限り、様々な便宜をはかりますよ”っていうアレだ。

 特区内に半年住めば、いや、住んでなくても、一年通えば、必ず一度は、どこかで『了承』ボタン押させられる。厚紙に書いてあるボタンを押すと、画素完全ホロ表示技術グラフィー即座に遅延ゼロで量子データセンター内の担当プログラムが受理するっていう見慣れた風景だ。

 特区外では絶対にお目にかかれない、試験運用中の魔法みたいな最新テクノロジーが間近にゴロゴロしてるんだから、ココに居る以上はやむなしだ。


 「こんな、カスタマーサポートっていうか、対外折衝みたいな事に、システム管理部署の人間が直接来るものかしら」

 禍璃マガリが、あごに拳を当てて、ぼそっと確信を突く。

 深刻な口調は海外ドラマの、吹き替えみたいに聞こえる。


「にーしーろー……そうだな」

 刀風カタナカゼは、詰み上がってく高級折り詰めを遠間で数えるのをやめて

「あの緊急事態を、蹴飛ばせる人材が一人とは思えねえ。管理者なんて重要なポストが出張でばってくるのはちょっと不自然っちゃ不自然かもな」

 と、小声で、コレ又、確信を突く。

 刀風カタナカゼまで、どうした、なんか、カッコイイぞ。


 俺は、気になってた、白焚シラタキ女史の見覚えの確認をとる事にする。


「それなんだけどな」俺は手を口元に当て、ヒソヒソ話しかけた。

「何だよ、顔、近ぇよ……」

「いいから、あの顔、よーっく見てみろ。見覚え有るだろ?」

 俺は眼と顔で白焚シラタキ女史を指し示す。

「なに、いちゃついてんのよ、キモッ!」

笹木ささき、茶化すの無しで頼む。マジ緊急」


 むっとした顔を俺たちに向けた後で、俺たちを隠すように仁王立ちになる。

 俺たちを隠してくれるらしい。


「火の輪っか、蹴っ飛ばした、怖ぇーねーちゃんが、どうした?」

 刀風カタナカゼも声のトーンを落とす。

「俺たちが最後に出た大会覚えてるだろ?」

「んあぁ? なんだ突然……又ゲーム始める気になったか!?」

 声のトーンを跳ね上げて、色めき立つ。

「声でかいわよ」ぼそっ。

 ごん! 禍璃マガリが肩を背後に跳ね上げ、刀風カタナカゼあご先をヒット!


「いって!」


 同時に振り向く、VR専門家と、自動機械群システム管理者。


「な、何でもないわ、姉さん、よしよし」

「よし、ゲームか、そうだな、ゲームやろうな~刀風カタナカゼ~よーしよし」

 俺と禍璃マガリは揃って、刀風カタナカゼの顎をさすってやる。

「触っんな! 俺ぁ猫かっ!」


 青春を謳歌し、じゃれつく若者達を、一瞬眩しそうに眺めた後、すぐに興味をなくす、VR専門家と、自動機械群システム管理者。

 テーブルを操作して、”自動ディナー屋台ベンダー”に格納したりしてる。


「なんだよっ、いってーな、で、大会がどうしたって?」

「ゲーマー世界選手権、東京予選で俺たちが負けた相手、覚えてるか?」

「忘れる訳ねえダロ! あの卑怯な永久パ・・・ターン・・・女! ……ああああっ!?」


 再び振り向く、VR専門家と、自動機械群システム管理者。


 青春を謳歌し、じゃれつく若者達に、ため息を付き、話に戻る。”自動ディナー屋台ベンダー”は、出来上がった折り詰めをドンドン積み重ねている。


永久パ・・・ターン・・・!? そんなの有ったの? あのゲーム・・・・・にムググッ」

 禍璃マガリの口を俺と刀風カタナカゼが手で塞ぐ。


 三度みたび振り向く、VR専門家と、自動機械群システム管理者。

禍璃マガリちゃぁん。モテモテねーっ! 大丈夫、お姉ちゃん、あっち向いてるからねぇー!」

 と先生は、白焚シラタキ女史の腕をとり、”自動ディナー屋台ベンダー”が自分で天板の上に積み上げた、大量の折り詰めを、どうするか相談し始めた。確かにちょっと多すぎる。


「乙女のくちびるに気安く触れるでないわーーーーーっ!」

 張っ倒すっわっよっ! と魔王声で怒鳴りながら、俺と刀風カタナカゼはオデコのあたりを、力いっぱい、平手ではたかれた。

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