第12話

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「つまり、仕事が忙しくて挨拶に行けなかったことを謝っていただけなんですね?」

「うん、そうそう」

「じゃあ、店長という権力を振り翳していやらしいことを強要されたとかではないんですね?」

「うん、それは絶対ない」


僕が事の顛末を何度か説明すると、テツ君はようやく正しく理解してくれた。

それにしても、男の、しかも大分歳のいった僕がそんなセクハラ被害に遭うとは誰も想像すらしないだろうに、テツ君はしきりにその心配をしていた。

ホストクラブは顔立ちの整った男の子が揃っているから、過去にそういったトラブルがあったのかもしれない。

きっと僕みたいな絶対にあり得ないだろう人間にも、万が一の可能性を心配して訊いてくれているのだろう。

決めつけをせず、しっかり現場の人間を平等に気に掛けるテツ君は、やっぱり上に立つ人間なんだなぁ、とあらためて感心した。


「菱田、誤解して悪かったな」


テツ君は菱田さんの方を振り向いて謝罪を口にした。


「あ、いえ、誤解が解けて本当によかっ……」

「だがしかしっ!」


またもや、テツ君が菱田さんに掴み掛る。


「なに幸助さんに厨房の仕事とかさせてんだよ。幸助さんが包丁で指を切ったり、皿洗いしすぎて赤切れとかできたらどう責任取るつもりだ、ああぁ?」

「テ、テツ君、本当に大丈夫だから! 本当に心配ないから!」


再び僕はテツ君の腕にしがみつき、彼の過剰なまでの心配をなだめる。

彼は渋々と言った様子ではあったが、菱田さんから手を放した。


「幸助さんがそう言うならいいですけど……」

「本当に大丈夫だよ。それに若い女の子じゃあるまいし、こんな三十五のおじさんの手が荒れようが、切れようが大したことじゃないよ。それに僕としては、やっぱりいきなりホストとして接客というのは緊張するし、まだ全く仕事の内容が分かってないから、まずはお店の仕事全体の流れが見れるように厨房での仕事からさせてもらうと助かるんだけど、だめかな?」


雇ってもらっといて図々しいが、ダメもとで提案するとテツ君はあっさり了承してくれた。


「幸助さんがそう言うならぜひ厨房でお仕事されてください。……ところで、幸助さん」

「は、はいっ」


真剣味を帯びた声に変わったので、思わず背筋が伸びた。


「今日は接客に出ていないんですよね?」

「そ、そうだけど……」


そう確認すると、テツ君は腰を屈め僕の首辺りをくんくんと嗅ぎ始めた。


「……匂う」

「え! おかしいな、今日は出社前にもちゃんとお風呂に入ったのに……」


くんくんと自分でも匂って確認するが、自分の匂いというものは分からない。

やっぱりホストっぽく香水でもつけるべきなのか。

でも香水なんてお洒落なもの、僕にはあまりに身分不相応で恥ずかしい。


「違います。お酒の匂いがするんですよ。……おい、まさか誰か幸助さんにくっついたりしてねぇだろうなぁ、あ?」


不穏な空気で睨まれ、菱田さんと右京君は無実を主張するように両手を上げて、首をぶんぶんと振った。


「俺は違います! 今日はお酒飲んでないですし」

「お、お、お、俺も違います!」

「あー、おれは、心当たりあるよぉ」


必死に否定する菱田さんたちとは対照的に、のんびりと肯定する桜季さんは、ズボンのポケットから携帯を取り出し、テツ君にその画面を向けた。


「じゃーん、衝撃の瞬間を激写ぁ! パラディソスの若手ホープ、新人ホストを襲う~」


そこにはさっき右京君が酔った冗談で僕を押し倒したシーンがばっちり写っていた。

もし僕が女の子であれば、誤解を呼んでいただろうきわどい写真だ。

しかしテツ君には誤解を招くに充分だったようだ。

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